《【書籍化決定】ネットの『推し』とリアルの『推し』が隣に引っ越してきた~夢のような生活が始まると思っていたけど、何か思ってたのと違う~》『推し』と朝活
「…………うし、行くか」
いつもより早い目覚ましを止め、ひよりんに買ってもらったランニングウェアに袖を通す。通気や吸水に優れたウェアはとても軽く、インナーの上からだとほとんど重みをじられない。何だかが軽くなったような錯覚に陥って、足取りも自然と軽やかになった。
ただ…………気になることが一つ。
「…………やっぱり似合わないなあ」
姿見の前で手を広げてみる。そこには自分では絶対に選ばないであろう、明るい黃のパーカーにを包んだ俺が立っていた。じーっと眺めていても違和は全く消えず、何だか自分が自分じゃないような気さえする。服が違うだけでこうも自己認識が希薄になるなんて。
薄暗いリビングの中でぼーっと自分じゃないような自分を眺めていると、ポンとスマホが音をたてる。畫面を確認すると、ひよりんからルインが來ていた。
『起きてる?』
『起きてます。今降りますね』
ひよりんとのルインは未だにし夢見心地だ。『推し』の聲優と個人的にやり取り出來るなんて、し前まで想像もしていなかった。
「…………」
黃いパーカーにを包んだ自分も、これから『推し』と一緒にジョギングするという事実も、今日は何から何まで現実味がない。夜でも朝でもない世界の中で、俺だけがまだ夢の中にいるようだった。
◆
マンションの前には、既にひよりんが待っていた。真冬ちゃんはまだランニングウェアが用意出來てないらしく、今日はこれがフルメンバー。
「おはよう、蒼馬くん」
俺に気がついたひよりんが控えめにこちらに手を振る。小走りでひよりんの元まで向かうと、まだし夜の冷たさを殘した澄んだ空気がすーっと肺の中にり込んでくる。
「ひよりさん。おはようございます」
爽やかでしった空気がをしっとりと濡らしていく。し上を見上げれば、白紫の空にはかすかに星がっていた。普段よりし早く起きるだけで、こんなに幻想的な景が見られるなんて。
ひよりんが俺の視線を追うように空を見上げる。
「綺麗よね…………私、びっくりしちゃった。私が眠っている間にも世界はこんなに綺麗なんだなあって」
「そうですね。俺も同じことを考えてました」
「何だかちょっと得した気分よね」
「なくとも三文以上の価値はありそうです」
俺たちの他に人の姿は見當たらず、遠くの方で高架を走る車の排気音だけが僅かに響くばかり。まるでこの世界に俺とひよりんしか存在しないんじゃないかという不思議な孤獨が俺を襲う。そして、出來ればそうであってしいとさえ思った。今の俺たちを誰かに見られるのは、かなり恥ずかしい。
「…………こう言ってはなんですけど、姉弟みたいですね」
俺と全く同じ黃いパーカーにを包んだひよりんに目を向ける。メーカーも同じだから、正真正銘全く同じパーカーだ。唯一違う部分があるとすれば…………俺は似合ってないがひよりんは似合っているということくらいか。
「あはは…………ごめんね? ペアルックみたいになっちゃって恥ずかしいよね……一緒がいいなあって、あの時は思っちゃったの」
みたい、ではなく完全にペアルックでしかない。まあそれ自はあの日から分かっていたことではあるんだが、いざこうして並んでみると想定を上回る恥ずかしさなのは確かだった。
「まあ、そうですね…………でも一致団結はある気がします。部活みたいで」
「部活かあ。蒼馬くんと一緒の部活だったら楽しかっただろうなあ…………実際は小學校も被ってないけど……」
俺は二十歳でひよりんは二十六歳。確かにギリギリ被ってない。
崩れ落ちそうになるひよりんに肩を貸し、何とか支えることに功する。年齢のことになると本當に防力ゼロになるなあ、この人は。別に歳なんて関係ないと思うんだけど。確かに俺とは結構離れているけど、一般的に見たらひよりんだってまだまだ若者だ。
「ひよりさんは何か部活やってたんですか?」
「…………バレー部だったわ…………こう見えてもね…………」
「それは、別にどうも見えないですけど」
こんなに太ってるのに、とか思ってるんだろうか。そもそも全然太ってないんだが、何度言ってもひよりんは俺の言葉をお世辭だとけ取ってしまうんだよな。ここ最近分かってきたことは、意外とひよりんはっこがネガティブだということだ。年齢しかり、型しかり。
それにしても…………バレー部かあ。早速ユニフォーム姿のひよりんを想像してみる。相手が放った鋭いサーブを手首でけ止めるひよりん。リベロがレシーブしたボールを手のひらで優しくトスするひよりん。勢いよく跳躍し、思い切りスパイクするひよりん。どのひよりんも、のとある部分が大きく揺れていた。
何とは言わんが…………ひよりんの同級生男子は育の時間大変だったんじゃないだろうか。何とは言わんが。
こんにゃくみたいに力したひよりんを何とか立たせて、俺はゆっくりと歩き出す。
「それじゃあ……そろそろ行きましょうか。最初は準備運がてらウォーキングで」
一応ジョギングについて々と調べてきた。いきなりランニングやジョギングから始めると、間接や筋を痛める場合があるらしい。ひよりんはどうやらライブを控えているみたいだし(ザニマスだったら最高だ)念には念をれた方がいいだろう。
「ええ、そうしましょう。よろしくお願いね?」
ひよりんが俺の橫に並ぶ。笑顔を向ける。それだけで、花のような香りがふわっと鼻腔をくすぐった。
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