《愚者のフライングダンジョン》121-幕間 歪んだ
見覚えのある全のが、見覚えのある會場で、見覚えのある大勢の男とまぐわう。
彼らは皆、に溺れている。興で熱されたを楽しげに打ち付け、恥ずかしげもなくらな汗を撒き散らし、床に虹の水たまりを作っていた。
むせかえるような現場の空気が、畫面越しに伝わってくる。
生々しい悪臭がする。自分の意思とは関係なく、脳が勝手にイメージした悪臭に吐き気を催したムツキは、人向け畫を流し続けるスマートフォンからスッと目を逸らした。
そして、スピーカーの聲が止む。
スマートフォンが仕舞われたのを橫目で見て、ムツキは顔を正面に戻し、自分を不快にさせた元兇を睨む。
「こんなもの。ムーに見せてなんのつもり?」
大事にしていた人たちと、大事にしてくれた人をいっぺんに無くした気分だ。ムツキの胃が過剰に胃酸を分泌し、焼けつくようなムカムカが食道まで登ってきた。
「ねぇ? 今、どんな気持ち? 教えてよ〜」
ヤヨイはケラケラと笑い、指の上で手錠の鍵を転がした。
ムツキは両手に掛けられた黃金の手錠を鬱陶しそうにかす。自分を拉致監した奴の質問になど答えるつもりはないと言わんばかりだ。
「手首がい〜。これ外してくんない?❤︎」
「もちろん外すって。けど、それはお話の後ね」
ムツキのガン無視を意に介さず、ヤヨイは話を続ける。
「それでさ。あんたの夫を橫取りしたウヅキが、今度はあんたのファンに手を出したわけだけど。どんな気持ちか聞かせてよ。ねぇ、ねぇ、教えて。ねぇ、どんな気持ち?」
「それ以上言ったら殺すけど❤︎」
「あらら。こっちにヘイト向けるんだ。親切で教えてあげたのに」
親切、という言葉がムツキに引っかかった。さっきの映像が事実だからといって、ムツキの心は救われない。むしろ、傷ついた。
衝撃の暴から1週間、ウヅキは付きっきりで心のケアをしてくれた。何度か同じベッドで寢て、的な繋がりも深めた。友を越えてすら生まれ始めていたのに、たった一つのスキャンダルで、その全てを臺無しにされるなんて思いもしなかった。二人で積み上げてきたものを橫から崩されたような痛みがムツキを苦しめる。
「あなたおかしいよ。ウヂュは元カノでしょ。しかも馴染でしょ。どんな恨みがあるか知らないけどさ。こんな、人の人生をめちゃくちゃにするようなものをさ。人に見せたりしないよ普通」
「あら、ウヅキを庇うんだ。優しいわねー。そんなんだからバカを見るのよ」
ムツキは表を曇らせる。正しいことを言ったはずなのに、どうしてかが更に痛くなる。
「ついさっきケーちゃんが泣きついてきたのよね。ウヅキがレイプ被害に遭って、どうしていいかわからないって。それで調べてたら、あの畫を見つけたってわけ。でもさ。絶対に噓じゃん? あんな楽しそうにしててさ」
「何言いたいのか全然わかんないってカンジ」
「一番傷ついてるのはケーちゃんじゃないのかって言ってんのよ。今頃、ウヅキのために泣いてるわ。裏切られたことも知らずにね。ああ、可哀想なケーちゃん。選ぶを間違えたばっかりに。あんたもそう思うでしょ?」
「別に……」
ムツキの聲から抑揚が失せている。
ヤヨイは小さく笑った。
「ウチと手を組まない? アンタをケーちゃんの一番にしてあげる。一緒にケーちゃんを取り返しましょ」
「きゃははははっ」
今度はムツキが笑う。ヤヨイに負けないくらい大きな聲で笑った。
「うさんくさぁ❤︎ 何企んでんのってカンジ。それにさ。別に、もうどうでもいいんだよね。ケーちんが誰とくっつこうとさ。ムーはムーの一番を探すだけだから」
「へぇ。そうなの。ケーちゃんのことは諦めたわけ」
「別に……。諦めたわけじゃないけど」
「でもそっかー。ムツキちゃんは今や人気者だもんね。ケーちゃんがムツキちゃんのためを思って用意してあげた配信業のおかげで」
「うっざ❤︎ 売れたのはムーの実力だし」
「あれ? でも待って。今日オフ會に呼んだ連中って、ファンの中でも上位の顧客だったような……。それも全部ウヅキに取られちゃったわけで……。あれ? あれれぇ?」
「あのさぁ❤︎ 死にてぇの?」
「あらら効いちゃった。ごめんね。傷口に塩を塗っちゃって」
沸々と湧き上がる怒りを抑えようと、ムツキは深く息を吸った。
「なんなの、マジで……」
「公僕の立場からはっきり言っちゃうとね。あんたに普通のはさせられないのよ。認められるとしたら、この世界で唯一あの人だけ。ってわけでさ。次を探すより、今一番好きな人を取り返さない?」
魅力溢れるいではない。脅迫に近い提案だった。
そもそも、復活してからずっと、いや、生まれてからずっとかもしれない。何処へ行っても閉じ込められ、繋がれ、囚われていた。今やのみならず、心までもが縛られている。
好きな人と居ても同じだ。遊んで暇や寂しさを紛らわせることは出來ても、鳥カゴからは出られない。
この世界に自由は存在しないと気づいた。まだ地獄に居たときの方が良かった。生きづらい。息が詰まりそうだ。死んだ方がマシかもしれない。
しかし、それでもしてしまう。
目には見えない絶に屈して、ムツキは項を垂れる。そして、床を眺めたまま頷いた。
「よかった。今日からよろしくね、ムツキちゃん。早速やってもらいたいお仕事があるんだけど、まだ時間もあるし、説明の前に教えておこうかな。正しいケーちゃんのし方について」
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ヤヨイが帰ってきた。その表を見て、ムツキとの取引が上手くいったのかを探るも、いつも通りの薄笑いを浮かべるだけで、何ひとつ読み取らせてはくれない。
揺れる機をフラフラと歩き、やっとのことで隣の席に座ったヤヨイをチラリと見てから、囁くようにカミナが言った。
「どうじゃった? 言うことは聞いてくれそうかの?」
指定モンスターと違って、ムツキは何処にも屬さないモンスター。そのため、誰の命令も聞く必要がなく、ケーの加護により誰も傷つけられない。本人は自覚しておらず、誰も助言しないが、今や、ムツキは最も自由なモンスターと言える。
誰の支配もけない都合の良い分と、マナガス神顔負けの頑丈さに目をつけたカミナは、ムツキを自分の駒にしようと畫策していた。
しかし、大統領の高橋ですら面會できないほど、ムツキは厳重に守られており、會うことすらままならない。
そこで、手を挙げてくれたのがヤヨイである。事前に抱き込んでおいた神科醫や心理學者をKS村に送り込み、中でヤヨイと連攜してもらって、ついにムツキをケーの守護の外に出すことができた。
本番はここから。まだ、カミナはムツキと會話できていない。ヤヨイの作戦が完了するまで口を挾まない條件だった。
のど飴を口に放り込む。カミナは年甲斐もなく張していた。これから始める作戦が失敗すれば、今まで築き上げてきたすべてが、命が失われる。
「大丈夫。ムツキは従ってくれるわ」
「本當かっ! やはりウヌに聲をかけて良かった。さすがワシじゃ。人を見る目は衰えておらんわ」
クスクスとヤヨイが笑う。その笑いの理由を問いたださなかったからか、會話が途切れた。
「しかし、よく説得できたのう。ウヌの作戦は失敗したものと思っておったが」
「本當に見せたいものは別日に録っておいたのよ。ガスの効果を信じられなかったから。本人の畫を見せたかったけど、そう上手くはいかないものね」
「よくバレなかったのう」
「優秀なAIのおかげよ。一から作ると流石に違和が出ちゃうけど。合ならそうそう見破られないわ」
どんな畫を見せたのかは知らないが、合と聞いて、カミナは顔をしかめる。
「出演者の口封じは當然しておるのじゃろうな?」
「ビデオは消したし、店を調べてわかるのはウチの名義と人數だけよ。心配ないわ」
「人の口に戸は立てられんと言うが?」
「大丈夫。パチ屋を回って自己顕示が低そうな男を集めたし、持ちは撮影前に沒収しておいたから」
「そこまで言うなら信じるほかないのう。察するに撮影にはウヌも參加したのじゃろう。ワシのためにを張ってくれてすまぬな」
「謝らないでくれる? これは自分のため。ケーちゃんを手にれるためなら、なんだってするわ」
「ありがたいのう。ウヌが味方でよかったのじゃ」
「こっちも謝してるわよ。あなたが手を回してくれなかったら、赤池アオイに會えなかったし、例のノートも奪えなかったでしょ。あれを使ったおかげで、ケーちゃんはもっと孤立するわ。世界中がケーちゃんを疑い始めてる。その証拠に周りから人がどんどん居なくなってるでしょ。諸外國もケーちゃんとの関わりを避け始めた。そのうち、ケーちゃんを慕っていた人も遠ざかっていくわ。守っていたはずの存在に憎まれるようになって、いつしか周りは敵だらけ。最後の最後に隣にいるのは、他の誰でもなくウチなのよ。行き場を失って、ウチから離れられなくなる。そのうち昔ののことも忘れて、ウチだけをするようになるわ。きっとそうなる。そうに違いないのよ。ああ、その時が楽しみだわぁ。早く嫌われて。ウチ以外の理解者は消えて」
「歪んどるのぅ……」
カミナはヤヨイのドス黒い瞳から逃れるように、のど飴の袋に視線を向けた。
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