《【第二部連載中】無職マンのゾンビサバイバル生活。【第一部完】》10話 瀧聞會、完全消滅のこと 前編
瀧聞會、完全消滅のこと 前編
竜庭牧場を占拠していたのは、とっくのとうに壊滅したと思っていた『瀧聞會』だった。
改心でもしていれば若干の手心を加える可能も素粒子レベルで存在したかもしれんが、そのは一般土著チンピラと同程度。
共存なんか到底できない連中だったので、こちらから皆殺しにした。
いや、皆殺し・・・じゃないな、30人は殺したがまだ後詰がいる可能がある。
油斷大敵だ。
ただ飼料や道を回収するつもりだったのに何故・・・と一瞬思ったが、高柳運送の近所にこんなのがいると早めに気付けたのは僥倖だろう。
こっちを発見される前に対処できるんだからな。
現在こちらには、まあその・・・がいっぱいいる。
奴らにとっちゃ、絶好の狩場だろう。
攻めてこられても負けるつもりは頭ないが、子供たちの安全が脅かされる可能があるしな。
あと、今更だけど・・・本當に今更だけど、すぐ近くでみどろの殺し合いは子供たちの教育にマジで悪い。
せっかくセラピー的に効果のありそうなお馬さんの親子が引っ越してきたんだ、今はストレスなんか與えたくない。
というわけで、ここは完なきまでに潰す。
將來の禍は、叩いて潰す。
『復讐の連鎖は止まらない』っていうのはあちこちでよく聞く言葉だが、実は対処法があるのだ。
それも結構、手順としては簡単なものが。
『相手側を絶やしにして、復讐そのものの記録を歴史から消す』っていう対処法。
俺達の遠い遠い祖先、『鎌倉武士』っていう戦闘狂の集団がよくやってた手段なんだよね。
『斷ち』とか『切り』っていう騒な名前で呼ばれてる・・・ウチの流派に同名の技があるのは偶然だと思いたいなあ。
まあとにかく、そういうことだ。
「うーん、これ落ちるかなあ・・・」
返りでぐっしょり濡れた防弾ベストと服を見る。
かなり、生臭い。
世界がこうなってからはすっかり慣れっこだけども。
「どっちにせえ、その恰好で帰るわけにゃいかんのう」
対して七塚原先輩の服は綺麗なものだ。
俺より破壊力高い癖になんで・・・ああそうか、八尺棒だもんなあ。
斬れば大量に出する俺と違って、鈍でぶん毆る先輩のスタイルはさほど返りに悩まされない。
骨は折れ、臓は破裂するが外にが吹き出すことはあまりないのだ。
その上先輩は捌きが抜群に上手いときてる、俺とは大違いだなあ。
「あの、田中野さん、タオルを・・・」
神崎さんが心配そうに綺麗なタオルを差し出してくるが、手で制す。
「いや、まだいるかもしんないので後にしときます。顔はシールドのおで大丈夫ですし」
せっかく綺麗にしたのにおかわりでドロドロになる可能もあるし。
サッパリするのはその後だ。
・・・高柳運送に戻る前に川にでも飛び込むかな。
あ、そうだ。
安全を確認したらここで服を拝借しよう。
ツナギとかならいっぱいありそうだし。
「っていうか・・・俺の方は皆殺しになってますけど、生き殘りってそっちにいます?」
俺としては最後に殘った5人のうち1人を生かしておこうと思っていたけど、神崎さんと先輩によって全員仏してしまった。
ここの狀況や殘りの人數なんかを聞きだせる奴が殘っていればいいんだけども。
「おう、顎毆り飛ばして失神させとるのが・・・・1人おる」
「・・・なんか今言い淀みましたね?」
「2人殘すつもりだったんじゃけど・・・八尺棒で顎毆ってしもうてな、が千切れ飛んでのう」
・・・ヒエエ。
さすがの破壊力。
だけど、何故生かして殘す目的の奴に八尺棒を使ったんですか先輩。
今更だけど人間はネオゾンビみたいに固くないんですよ?
「あのプレハブにいた若者2名も確保しようとしたんですが・・・・その、七塚原さんの蹴ったテーブルが骨を砕して肋骨が肺に突き刺さっていまして・・・ほぼ、即死です」
神崎さんが申し訳なさそうに言ってくるが、それは先輩が悪いと思うの。
あの重そうなテーブルが直撃しちゃ、なあ。
駐留軍みたいな鉄アーマー著てないとどうにもならんと思う。
「すまん。ちいと力がり過ぎた」
デカいをこませる先輩。
「別にいいでしょ、生き殘りがいるならそれで」
どうせ、どうなっても大したことのない奴らだ。
こっちが気にする必要なんてない。
なにせ向こうから殺す気できたんだからな、無問題である。
ということで、俺達は生き殘りに尋問(インタビュー)することにした。
「おい、起きろ」
生き殘りの・・・20代前半っぽい男の顔をはたく。
髪は金の染が先にだけ殘ったような。
著ている服も趣味の悪い原バリバリのアロハシャツだ。
俺が言えたことじゃないが、ファッションセンスは壊滅的だな。
「あぁ・・・?」
何度か叩いていると、男はいてうっすらと目を開けた。
「あが・・・なんだよ顎クッソいてえ・・・いったいどうなっ・・・て・・・」
男は何度か顔を振ると、周囲の狀況を確認して絶句した。
ここは先ほど先輩が大暴れした事務室である。
散した家を適當に端によせ、部屋の中央に男がいる。
パイプ椅子に座らせた狀態で両手両足を縛っているので、きはできないだろう。
「お前ら!いきなりなに・・・を・・・」
「あまり大聲を出すな。額か、かどちらに風が開くぞ」
いきなりぼうとしたそいつは、眼前に突き付けられた拳銃の銃口と尋問モードの冷たい聲をした神崎さんに気付いて絶句。
さらに、刀を抜いた俺と八尺棒を持った先輩に目をやって顔をどんどん白くさせている。
威嚇効果は十分、だな。
「これからいくつか質問を行う。長生きしたければ正直に答えることだ」
「なんっ・・・」
男が反抗らしき態度を取ろうとした瞬間、神崎さんは拳銃を発砲。
消音された銃聲が響き、男が座る椅子に著弾した。
「いひぃっ!?」
「去勢されたいか?そういう趣味なら止めないが、試してみようか?」
銃弾は、男の間のちょいと前の座面に著弾している。
そのことに気付いた瞬間、男はもうこれ以上白くならんのじゃないかってくらい顔面を蒼白にした。
・・・それにしても、神崎さんの尋問モード怖いな・・・俺は敵じゃないから向けられることはないと思うけど、普段の態度にはより一層気を付けよう、うん。
「・・・自分の狀況は理解したな?それでは質問を開始する」
「は、はひ」
そして、拳銃を突き付けたままの尋問が始まった。
尋問は15分程度で終わりを告げた。
気になる部分は神崎さんが何度も確認していたから、概ね間違いはないだろう。
「・・・」
そして、俺の橫にいる先輩が超怖い。
無言だが、から立ち上る殺気が目に見えるようだ。
「・・・クソ共が」
無言じゃなかった。
こんな怖い聲、久しぶりに聞いたな。
し前の『みらいの家』関連の時くらいなもんか。
普段は人畜無害なのだ、南雲流は。
最近はその尾を踏む存在がちょっと多すぎるだけで。
・・・まあ、先輩の態度も無理もない。
俺もさっきから腹が立っている。
尋問によって得られた結果は、この牧場に來てから薄々想像していたソレを裏付けるものだった。
的には次の通りだ。
ここにいる『瀧聞會』は、総勢40人。
今から2週間ほど前・・・俺が牙島から戻ってくるし前にここへやってきた。
龍宮からやってきた奴らは、この牧場にいる人員がないのを確認すると即座に乗っ取ることにした。
もちろん反撃はされたが、ただの一般人では銃の力と數の暴力には勝てなかったようだ。
そして奴らは・・・従業員と、飼育されていた馬を皆殺しにした。
従業員については『食料の分け前が減るから』という理由で。
馬については、『食えるかもしれない』という理由で。
だが、現在に至るまで馬は喰われていない。
どこからか調達していた食料がまだあるし、殺したはいいものの解に詳しいものがおらず失敗したからだという。
正直、ツッコミどころしか殘っていないが・・・まあ、それだけ考えが淺かったんだろう。
嫌になるほど剎那的な生き方だ。
そして、馬は食料目的に何頭か殺したものの、それを諦めてからはもっぱら『的當て』として楽しんだそうだ。
・・・男がこの部分を話した時の先輩は本當にヤバかった。
橫から理的な圧力すら持っていそうな殺気が放出されたからだ。
こいつらは徹頭徹尾クズだ。
いつもなら俺が真っ先にキレて、先輩に落ち著けと宥められるんだろうが・・・まさか俺が先輩を宥めることになるとは思わなかった。
そして、奴らは今に至る。
そろそろ食料をしに、詩谷あたりへ繰り出そうと考えていたようだ。
・・・ここの牧場の人たちや馬は殘念だが、今この段階で発見できたのは本當によかった。
まず間違いなく高柳運送にちょっかいかけてきそうな連中だしな。
「一ついいか?なんで詩谷なんだよ、龍宮の方が資の絶対量も多いだろ?」
あらかたの尋問が終わったので、俺も口を開く。
「あ、えっと・・・龍宮にはやべえのがいるからって、アニキが。オヤジ連中が皆殺しになったって噂もあったし・・・」
男は怯えを含んだ聲で返答する。
やべえの・・・間違いなく鍛治屋敷だな。
オヤジってのは、前に神楽で見せられた死のことだな。
噂ってことはこいつら別隊か。
「・・・もう一つ聞くんだがよ、ここで野菜なりなんなりを育てようとか、そういう話は出てきてないのか?」
俺の問いに、男は目を左右にさ迷わせつつ口をつぐんだ。
答えが出ないんじゃない、コイツが思っている答えが俺達にどう思われるかわかっているから口に出さないんだろう。
コイツの目を見ればわかる。
『そんな面倒なことしなくてもそこら辺から奪って來ればいいじゃん』と書かれているからな。
そりゃ、弱い連中や避難所を襲って奪えば楽だろうさ。
ここにくるまでに、ずっとそうしてきたんだろうから。
「・・・まあ、なんとなくわかるからいいや。先輩は何か―――」
「こいつらに聞きたいことは、何も、なあ」
食い気味に帰ってきた先輩の口調には、煮えたぎった殺意が乗せられている。
あ、ヤバい。
これ以上関わらせたらコイツ即殺されそう。
別に困らんけど、まだ聞きたいこととか神崎さんにあったら困るし。
『・・・い!おーい!誰か出ろ!おい!』
部屋の隅っこから聲がする。
これは・・・無線機か。
あれだけの人數が帰ってこないのだ、さすがに不審に思ったらしい。
人員のうち29人はもう仏したが、まだ10人殘っている。
恐らく、無線機の向こうにいるのがこいつらの中でも上位の連中なんだろう。
「誰だ?」
神崎さんが男の頭に銃を押し付ける。
「っひ!?あ、ああああ・・・たぶ、たぶんソエジマのアニキ、です!ウチのトップの!!」
さっき話してたアニキってのか。
組長から別行を任されていたようだし、それなりの地位にいたんだろうな。
別に興味もないけど。
部屋の隅にある機の殘骸まで歩く。
その歪んだ引き出しを苦心してこじ開けると、果たしてそこには無線機があった。
どっからパクってきたか知らないが、結構いいものだな。
それを摑み、男の前まで戻る。
神崎さんに渡すと、彼は片手で銃を構えたまま空いた方の手で男の口元へ無線機を押し付けた。
「今から通話しろ。わかっているとは思うが、余計なことは言うな。いつも通りの態度だ」
「~~~!!!~~~~!!!!」
男は涙を目にいっぱい浮かべ、何度も何度も首を縦に振った。
頭には銃。
元には俺の刀。
そして頭上には八尺棒が待機しているのだ、まさか変なことは口走るまい。
「別に、俺達は向こうにバレても余裕で皆殺しにできるんだ。そんなに気負わなくっていいぞ」
俺がそう言うと、男はついにボロボロと涙を零した。
うわきったねえ、この世で一番汚いタイプの涙だ。
何の価値もない。
『お前ら遅すぎるんだよ!いつまで遊んでんだ!それに銃も撃ちすぎだ!無限にあるわけじゃねんだぞ!!』
「あ、す、すいやせん、アニキ・・・」
無線機ががなり立てた後で、神崎さんが信ボタンを押す。
これで向こうと繋がったはずだ。
『おお、やっと出やがったな!お前ノリか?』
「はい!」
『で、どうだ?使えそうな連中だったか!?』
「いや、ちょっと、その・・・攻撃してきたんでみな、皆殺しに」
『ああ~~~、道理でパンパンうるさかったわけだ!・・・おい、その中によ』
「い、いなかったっす!年はいなかったっす!!」
『・・・本當だろうなア?』
「ほんとっす!小汚いオッサンと不細工なオンナでしたッ!!」
この世で最も無駄な會話を聞き流している。
・・・ここのボスは年好きか。
この世で最も無駄な豆知識も追加だな、コリャ。
・・・ちょっと待て、不細工なだと!?
おい!俺が小汚いのは別にいいけど神崎さんは不細工なんかじゃ・・・!?
ちょっと先輩!なんで俺の口を塞ぐんですか!!
『その様子じゃ乗ってきた車くらいしかねえよなあ・・・わかった、キッチリ掃除しとけよ。馬のとこに持ってってまとめて埋めとけ』
「は、はい!」
『最近臭くてかなわねえなあ、食えもしねえし、場所取るし、ほんっと無駄な畜生どもだ。どっかで重機でもかっぱらってきて庭にでも埋めちまうか、あのゴミ』
「は、はひ!!!」
男が先輩の方に目をやって、誤魔化すように大聲で答えた。
ああ、今の先輩超怖いもんな。
周囲の空間が歪んでいる気さえする。
『終わったら倉庫から酒取って來いよ、こう暑くちゃ外に出る気にもならねえからな!』
そう言って、無線は切れた。
一転して室には沈黙が満ちた。
「あ、あの、こ、これで許しt」
男が口を開いた瞬間に、神崎さんが素早くタオルを噛ませた。
そのまま首の後ろで縛って固定し、結び目をさらにダクトテープでぐるぐると巻く。
「ううう!!ううううぐうう!?」
抗議するようにもがく男を無視し、作業は続く。
既に椅子に縛り付けていた手首と足首に、腰に吊っていた手錠をかける。
男は、完全に椅子に固定された。
椅子は固定されていないが、これじゃあ小刻みにくだけでも一杯だろう。
そしてすべての作業を終えると、背嚢からゆっくりと何かを取り出した。
それは、わざとらし過ぎるほどの『時限弾』だった。
デフォルメされたアニメキャラの目覚まし時計に、用途不明のコードと何かの箱が固定されている。
「協力に謝する。これが発するまでに逃げられたら、お前は自由だ」
神崎さんはそう冷たく言い捨てると、何事か喚き続ける男を無視してドアから出て行った。
「じゃあな、余生を楽しめよ」
俺もそう言って後を追う。
神崎さんもけっこうえげつない事すんなあ。
「―――死ね」
先輩の発言はとてもシンプルだった。
殺意だけは極上だったけど。
男はというからをらしながら、小刻みに振していた。
「よかったんですかアレで・・・って、神崎さん何してるんです?」
必至で椅子をかす音が聞こえてきたプレハブから出ると、神崎さんが窓の辺りで何かをしている。
なんだろう、ワイヤーと箱を固定しているような。
先輩がドアを閉めたのを確認すると、神崎さんが口を開く。
「ブービートラップですよ。萬が一出に功した場合は、コレで『処理』できます」
神崎さんは、そう言うとにこりと笑った。
・・・ヒエ~~~~ッ。
ハナから逃がす気なんてなかったってことですね。
さっすがあ・・・屑相手に忖度は無用ってことだな。
生き殘られてもその、なんだ、困るし。
「さすが、神崎さんじゃ」
さっきまでは『手ぬるいなあ』みたいな顔で靜かに怒っていた先輩は、歯を剝いて笑っている。
・・・ヒエェ~~~ッ。
さっき聞いた馬の扱いで、ここの連中を皆殺しにするのは決定事項なようだ。
「田中野さん、どうしました?」
「・・・仕事のできるって素敵ですよね」
「にゃ!?にゃにゃにゃんですかっ!?褒めても何も出ませんでしゅよ!?!?」
急にポンコツになった神崎さんは、いつものようにかわいらしかった。
よかった、いつも通りだ。
・・・いや、いつも通りでいいのか?
ま、今更か。
ネジのぶっ飛んでる俺からすりゃ、ただの頼れる綺麗なの子枠だし。
南雲流に比べりゃ一般人みたいなもんだ。
全ての窓とドアに弾を仕掛けた神崎さんを見屆け、俺達は殘りの組員がいる場所へ移を開始することにした。
気になって聞いたが、やはりというかなんというか。
あのファンシーな弾は大木くんの作品とのことだった。
風はそれほどでもないが、部に含まれた鉄片が確実に人を損壊させるという効果の高いものだそうだ。
大木くん・・・キミは一どこへ向かっているんだ。
助かるけど。
現在進行形で助かってるけど。
「・・・クソが」
先輩がさっきから単語しか発していない。
まあ、目の前の景を見ればこうもなろうか。
ここは、敷地の一番大きい廄舎だ。
例のソエジマとかいう幹部連中は奧にある社屋にいるが、その前に先輩が確認したいと言ったから寄ったのである。
「まだ・・・食べるのであれば、納得は、できますが、これは・・・」
神崎さんが目を潤ませ、聲を詰まらせている。
さっきアホに弾を見せつけていた時とは大違いだ。
いつもなら、廄舎にある小部屋には馬たちがいて賑やかな空間なんだろう。
特にここは馬の育牧場。
まだ小さい仔馬は、親と同じ部屋ですくすく育っているんだろう。
だが、ここにそれはない。
壁や床、至る所に破壊の痕がある。
それは銃弾だったり、何か鈍で破壊したものであったりだ。
何が気にらないのか、それともただの憂さ晴らしか。
そして、いくつかの部屋の壁を取り払ったような空間に、『ソレ』はあった。
「・・・ひでえこと、しやがる」
黒い山のように見えた『ソレ』は、馬たちの死だった。
既に腐敗が始まっており、夥しい數の蠅がたかっている。
だから山に見えたのだ。
「・・・なんでじゃあ」
先輩は、その死の山の近くで呆然と呟く。
に蠅がたかろうがお構いなしに。
「喰わんなら、逃がしてもえかったろうに・・・殺しても、何の、得にも、なりゃあせんのに・・・!!」
いくつもの、重なり合った馬の親子の死がそこにあった。
損傷が酷いが、親馬のほうに弾痕が多いように見える。
仔馬を庇ったのだろうか。
しでも長く、子供を生かすために。
「・・・辛かったじゃろうの、苦しかったじゃろうの」
汚れるのも構わずに、先輩が仔馬の死に手をれた。
そのまま、しばし黙禱し・・・ゆっくりと息を吐いた。
まるで燃えていると錯覚するような、重苦しく激しい息遣いだった。
「―――わしが、仇を取っちゃる」
事切れた仔馬の目を、先輩が優しく閉じる。
「あの世で、みいんな、仲良く駆けとったら、ええ・・・もう、怖いもんはなんにも、なぁんにも、ないけえなあ」
先輩が言わぬ馬たちに向ける目は、涙で潤んでいたがとても優しかった。
「―――行くか、田中野、神崎さん」
だが、『これから死になるもの』に対しては、一切の慈悲もないことだろう。
「あぁ!?なんだぁ、お前。ウチのモンじゃねえぇあ・・・どっから、り込みやがった!?」
廄舎から社屋へ行く途中で、男と鉢合わせた。
手には半分ほど殘った酒瓶を持ち、まだ晝間だというのに顔が真っ赤である。
「・・・」
無言で、先輩が足を踏み出した。
彼我の距離は20メートルほど。
殘念ながら周囲に遮蔽はない。
廄舎の裏は原っぱで、その先に社屋があるからだ。
「おい!聞いてんのかぁ!?どっからり込んだって聞いてんだよォ!!」
30代後半くらいのその男は、かなり酔っているようだ。
何故なら・・・先輩が持つ八尺棒も、にまとう濃な殺気にもまるで気付いていない。
「てめぇよぉ!口がきけねえのかぁ!?どうなんだ!?」
男が喚きながら地面に酒瓶を投げ捨てる。
酒瓶が割れるのとほぼ同時に、男はベルトに雑に挾んでいた自拳銃のグリップを握った。
酔ってはいるが、その作はそこそこ素早い。
普段から『持ち慣れて』いるんだろう。
「まぁいいかァ!!死ねよ、間抜けェ!!!」
男は心底楽しそうに拳銃を先輩に向け・・・ようとして、目を見開く。
「―――は?」
それが、言になった。
雄びすら上げず、一気に距離を詰めた先輩の・・・全重と突進力が乗った八尺棒が、その頭頂部にめり込む。
めぎ、と形容しがたい音を立て、男の首はにめり込んだ。
両目が飛び出し、頭は半分以上原型を殘していない。
一拍遅れて鮮が飛び散る。
返りが先輩にかかるが、避けるそぶりも見せない。
「は、やい」
神崎さんが呆然と呟いた。
原理を知らなきゃ、急に先輩が瞬間移したように見えるよな。
「・・・歩法、『雲耀(うんよう)』」
かくいう俺も、原理を知っていても驚愕したけどな。
師匠以外が使うの、初めて見た。
『雲耀』とは、俺が使う歩法の『霞』よりもさらに速いものだ。
『霞』と同じように力から発生する點は同じだが、重心をブレさせずにさらに速く踏み込んで、跳ぶように駆ける。
俺にはまだ無理な技だ。
アレには、を正確に制しながら足が千切れるくらいの踏み込みが必要となる。
その証拠に、先輩の出発點の地面はまるで吹き飛んだように抉れている。
どれほど足に力を込めればああなるのか。
あの男からすれば、コマ落としみたいに先輩が近付いてきたことだろう。
何もわからずに即死したに違いない。
語源ほどの出鱈目な速さじゃないが、それでも酔った狀態の素人でアレに対応するのは無理だ。
「―――殘りは、9匹」
地の底から響くような呟きを殘し、先輩が社屋へ足を踏み出す。
俺は、神崎さんと顔を見合わせてその後を追った。
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