《真の聖である私は追放されました。だからこの國はもう終わりです【書籍化】》204・彼とのダンスは心が落ち著きます
『時を編む竜の人』編、始です。
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夜。
空にはぽっかりと三日月が浮かんでいました。
月は夜空を照らし、いつもそのは優しく見えるのに……何故か、今日の月は怪しく目に映ります。
「……こうしていると昔のことを思い出すよ。君に王城に住まないかと提案したのも、隨分昔のことのように思える」
隣で彼──ナイジェルがそう口をかす。
彼はこの國の第一王子。
私の大事な人。
私と彼は婚約期間を経て、今では王子とその妃として夫婦関係となっています。
その風貌は優しげでありながらも、一本の芯が通った頼もしさ。
彼の優しさに助けられ、私はこうして幸せに暮らしていました。
私たちは現在──王城のルーフバルコニーで夜景を眺めていました。
ここからだとリンチギハムの王都を見渡すことが出來、あらためて彼の隣でこの國を支えていかなければならないという自覚が生まれます。
「ふふ、そうですか?」
ナイジェルの言葉に、私は視線を前に向けたまま答える。
「私はつい最近のことのように思い出せますよ。あなたはここで、私に『君ともっと一緒にいたい』とおっしゃってくれたんですよね」
「あの時は僕も必死だった。ここでエリアーヌと話してしまえば、二度と君に會えない気がしてたからね」
「大袈裟ですよ。あの時、私はリンチギハムの王都で住むところを用意してもらう……っていう話になってたのに」
「いや──きっと、君があのまま王城から出ていれば、僕との縁も切れていたはずさ。僕は王子だし、君と気軽に會えるような立場でもなかったから」
そういうものですかね?
だけどそう思ったからこそ、あの時ナイジェルは私を熱的に説き伏せてくれたのでしょう。
思い出したら、未だに頬に熱が帯びます。
しばしの沈黙が流れる。
わす言葉はなくても、こうして彼が隣にいてくれるだけで、心が落ち著きました。
「……エリアーヌ」
やがてナイジェルは私に視線を向け、口を開きます。
「話したいことってなんなのかな? こんな時間に僕をここに呼ぶってことは、大事な話なんだろ?」
「……はい」
ナイジェルの問いに、私は首を縦にかします。
「ですが、なにから話せばいいのやら……呼び出しておいてなんですが、まだ頭の整理が付いていないので」
「よっぽど大事な話なんだね。だったら──」
とナイジェルが私に手を差し出します。
「久しぶりに踴ろうか。軽くをかしたら、頭の整理も付くんじゃないかな」
「それは良い考えですね」
やっぱり、私はじっとしておくのは分に合わないようです。
私はナイジェルの手を取り、踴り始めます。
激しいダンスではありません。
ナイジェルのきに合わせて、軽くステップを踏むくらいの。
頭の中では、おとなしい音楽が流れています。
きっと、今ナイジェルの頭の中にも同じ音楽が聞こえているでしょう。そんな気がしました。
その音楽に合わせて踴っていると、私は今までの思い出が甦ってきました──。
私はベルカイム王國の聖でした。
しかし當時の婚約者クロード王子に婚約破棄と國外追放を言い渡され、國を後にします。
途方に暮れていた私は道中、魔に襲われ傷ついた一団を助けます。
それがナイジェルたち。
私は彼と國王陛下のご厚意で、ベルカイムの隣國──リンチギハムに移り住むことになります。
そこからは々なことがありました。魔王復活を阻止するために奔走したり──當時婚約者だったナイジェルと結婚式を挙げ──邪神《白の蛇》を打倒し──。
そして先日、私にとって忘れられない出來事が起こりました。
かつての仇敵、偽の聖レティシア──そしてその人、クロードの結婚式です。
私がベルカイムを追放となった元々の原因になった二人ですが、魔王復活の一件をきっかけに、二人とは和解しています。
二人には結婚式を挙げてほしい──そんな私の願いを嘲笑うかのように、事件が起こります。
それは大昔、世界を恐怖に染め上げた『じられた呪い』の存在。
音楽家であり、(これはあとから聞いた話なのですが)レティシアの師匠のような存在でもあったディートヘルムが、式の最中にじられた呪いを復活させようと試みます。
その企みは謎の男ファーヴの力も借りて、未完全のまま阻止することが出來たのですが、大々的な結婚式は中止となりました。
殘念に思っていましたが、城の屋上で私たちだけで結婚式の続きをやったことは、忘れられません。
二人とも、とても幸せそうな顔をしていましたから。
そして私たちはクロードとレティシアの結婚式から戻り、しばらくリンチギハムで落ち著いた日々を過ごしていた──ということです。
「……ありがとうございます」
月明かりの下のダンスも終わり。
私は足を止めて、ナイジェルにそうお禮を言います。
「どうだい? 考えがまとまった?」
「ええ、おかげさまで」
今までもつれた糸のように混迷とした頭の中が、今では噓のようにすっきりしています。
これなら、ちゃんとナイジェルにお話し出來そう。
「じゃあ、話してくれるかな?」
「はい」
私はすうーっと大きく息を吸い込み、こう話し始めます。
「大事な話というのは、ファーヴのことです」
「ファーヴ……クロード殿下とレティシア嬢の結婚式の際、僕たちを助けてくれた男のことだよね。結局、あの後姿を消してしまったから、彼が何者かについても分からなかった」
「ええ。ナイジェルは覚えていますか? あの時、ドグラスの言ったことを」
──どうしてお前がここにいる!
ファーヴの口元を隠す布を剝ぎ取ったドグラスは、表を一変させてびました。
ドグラスは良くも悪くも、いつも余裕に満ちています。
そんなドグラスが鬼気迫る表で、ファーヴに詰め寄ったのです。
並々ならぬ因縁が、二人の間で渦巻いていることは容易に想像出來ました。
「し前に、ドグラスからその時のことをお聞きすることが出來たのです。そして……聞きました。ファーヴの正を──」
「ドグラスとファーヴの二人は知り合いだったってことかな?」
「ええ」
と私は頷きます。
「ただ……知り合いという言葉が適切なのかは、し疑問です」
「どういうことなんだい?」
「二人の関係は、そんな単純な言葉では言い表せれないものでしたから」
私も最初、ドグラスから話を聞いた時は驚きました。
ファーヴの罪──。
そしてドグラスが二百年以上もの間、滾らせていた想いを──。
そのせいで頭の整理がつかず、こうしてナイジェルに話すのが遅れてしまいました。
「それに、ドグラスとファーブが知り合いだったというだけなら、私もこうして重々しく話したりしないでしょう。ファーヴの正はリンチギハム──いえ、場合によっては世(・)界(・)の(・)命(・)運(・)が変わるほどのことだったのです」
「世界の命運……」
ナイジェルからごくりと唾を呑み込む音が聞こえました。
「では、話しましょう。ドグラスとファーヴは──」
私はあの時、語ってくれたドグラスの顔を思い出しながら、話し始めました。
二人の語を──。
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