「え？のぞみさん、どうして？」

藍(ラン)だけでなく、柱の間にいる全員に語りかけるようにのぞみは聲を上げる。

「ツィキーさんが私を暗殺しようとしているのは、誰かに脅されて、やむを得ない事があるからなんです！」

「どういうことですか？」と藍が眉をひそめた。

「ツィキーさんはよく、家族寫真を見ています。その寫真に映る人々が、彼が暗殺を引きける理由でしょう。例えば、家族が人質にされているとか……」

コミルはジェニファーが話せるよう、手を離したが、警戒を解いたわけではない。「スレイヤーハンド」をプライヤーのような形にしたままで、いつでも彼を制圧できるよう、厳戒態勢で待機している。

ジェニファーはコミルの隙のない構えを意識しながら、のぞみを睨みつけた。

「フン、この期に及んで同か？貴様のような弱蟲の泣き蟲に同されるとは、とんだ笑い話だな！」

そう言ってジェニファーは聲を上げて笑った。だが、彼が意地を張っていることは誰の目にも明らかだった。

「ツィキーさん、カンザキさんの言ったことは本當ですか？」

を逆でしないよう気を付けながら、ラーマが訊ねた。

「否定はしない。だから何だと言うんだ？」

コミルがジェニファーの見張りを緩めないままで言う。

「カンザキさん。君は世間知らずの箱り娘だ。裏社會の闇なんて知らずに育ったんだろう？彼のように弱みを握られ、汚れ仕事に手を染める奴なんて、世の中には山ほどいるんだよ」

「私に分からないことがたくさんあるのは仕方がありません。でも、一つ言えるのは、ツィキーさんが、自分の思いで私を殺したいわけではないということ。背けない命令のためにやっているだけなんです」

人徳を過信している若殿を諭す侍従のように、ラトゥーニがのぞみに応えた。

「ノゾミ、それでも、ツィキーさんが何度も君の命を狙ったことは変わらないよね？けをかける必要なんてないよ」

「いえ、もしも私が彼の立場に立ったなら。きっと私も家族を守るために、誰かの命を奪うことしかできません。もしもツィキーさんの家族が人質に取られていなければ、彼はこんなふうに人殺しをすることはなかったでしょう。悪いのは、ツィキーさんに指示を出している人ではないでしょうか？」

ラーマはのぞみの論にも一理あると思った。だが、

「カンザキさん。それでも、もし彼がすでに何人もの命を奪っていたなら、それは彼の罪です。命令だったからといって、消える罪ではありません」

ケビンたちの戦いを見ていて、のぞみには分かったことがある。宿命とはいえ、切ないことだ。

「……それでも、闘士(ウォーリア)の心苗(コディセミット)として、私たちは日々、実技授業をけてきました。將來的にはお仕事のために、誰かと戦わなければならないでしょう？」

のぞみはどこまでもジェニファーの立場に立って考え、必死で説得を続けた。

「誰だって、理由もないのに人を殺すなんてこと、できる限りしたくないと思います。でも、ウェスリーさんたちのように、一緒に任務をける仲間同士であっても殺し合うこともある。私たちにはいつか、人の命をも奪わざるを得ない戦いが、訪れるのかもしれません」

ケビンたちの戦いの熱がまだ殘っているこの場所で、のぞみの言葉は心苗たちの心に深く屆いた。メリルが悲しげな表で言う。

「ノゾミちゃん……それは難しい話だヨン……」

珍しく、ラーマも複雑な表をしている。

「カンザキさん……戦士でありたいなら、それは口にしてはいけません。戦いができなくなります」

「そうです。闘士にとって戦いを否定することはできない以上、いつか人を殺す仕事に就く可能だって、同じように否定できないんです。全像を知らない者がその人を裁いてはいけないと思います」

「ノゾミ、私たち闘士は、守るために戦ってるんだよ？だから、目的以外に無意味な殺人はしないんだよ」

「そうです、ターゲットが同級生だったというだけで、ツィキーさんもただ、忠実に任務を果たそうとしただけなんです。私たちがルビス先生の課題をけた時も、ついさっきまでも」

のぞみは澄んだ目を潤わせ、を込めて言った。

「たとえ殺しの仕事を請け負ったとしても、ターゲット以外の人まで傷つけたいわけじゃない。それがツィキーさんの本心だと私は信じています。経験者である彼はその腕を買われて仕事をけた。家族を脅かされ、選択肢のない彼を責めるのは、正しいことでしょうか？」

のぞみの話を最後まで聞いて、心苗たちは互いに視線をわした。ジェニファーに対する嫌悪は失われていき、武を収める者が一人、また一人と増えた。ティムは納得したように穏やかな笑みを浮かべる。

「ふふ、これは一本取られましたね。カンザキさんの言うとおりです。守るもののために戦えば、必ず敵を傷つけることになる。ですが、敵もまた人の子であり、する人や仲間がいる。ツィキーさんが暗殺を行ったこと、これは事実です。しかし一方で彼も被害者です。ここから先は、私たちには口を出す立場にありません。機関と學校が審判を下すでしょう」

ヒーラーを目指すティムには、過ぎし日の戦で心得た無念がある。それが、のぞみの気持ちを深く理解させた。

「姫巫ちゃん、言いたいこと、ちゃんと伝わったべ」

自分たちに裁く権利はないと納得した心苗たちの中で、ジェニファーだけがまだくすぶっていた。

「Ｍｓ．カンザキ、なぜそこまで私を庇う！はっきり言わせてもらうが、私は今でも君を殺したい！」

「ツィキーさん、その必要はないんです。あなたはもう、命令を聞く必要はありません。暗殺の任務は終わりました」

「アハハ、やめてくれ。そんな分かりやすいおとぎ話で私が揺するとでも？」

「テスト初日にツィキーさんとお話ししたこと覚えていますか？あの時、ツィキーさんが言った願いは、すでに就したと思います」

「バカな。どこまで私を虛仮(こけ)にすれば気が済むんだ？あの組織が私を手放すわけがない」

「たしかにお前を手放すわけはないかもな」

扉の向こうから、男の聲が聞こえた。

「おヨン、この聲は、トヨトミ先生だヨン？」

その時、柱の間の結界と鍵が開き、扉が開いた。

そして、義毅(よしき)とともに、のぞみの事件に関わった全ての『尖兵(スカウト)』たちが柱の間に踏みってくる。リュウ、ルーチェ、エルヴィ、カイル、捜索班のマイユまでもが同行していた。ダンジョンのどこかに空間移させられた真人(さなと)も見つけ出され、義毅の後ろに付いている。

さらに蘇(ソ)がってきた。ハイニオス所屬の副部長が來たことで、柱の間で起こった全ては機関にも筒抜けであったことが分かる。彼は四人のヒーラーと、魔導士(マギア)一人を連れてきていた。

ヒーラーが、手當てを続けているティフニーとれ替わった。魔導士の先輩が章紋で空間のを開く。その先には醫療センターが繋がっており、救急機元(ピュラト)の擔架に寢かせられた蛍(ほたる)が速やかに運び出された。

それを見屆けてから、義毅が続ける。

「だがなツィキー、お前の暗殺任務はお終いだ」

「何の話だ？」