《愚者のフライングダンジョン》122 ヤミー

向かった先は再びお祭り會場だ。真っ先にヤミーのところへは行かず、歩いて屋臺を巡っていた。キガルを引き離すためだ。

「どこまで付いてくる気だ?」

「どこまでも///」

キガルは両手で顔を覆って照れ隠しする。

なんで喜んでるんだこいつは。迷な気持ちを聲に込めたのに、どうして通じないんだよ。

「もういいから、お祭りを楽しんでこいよ」

「キガル楽しんでるよ」

俺を獨りにさせない気だ。もしかすると、このまま一生引っ付くつもりかもしれない。

それは嫌だ。一定の距離しい。気軽に會えて、暇が潰せる程度に遊べたらいい。人とも、人とも、友人とも違う。都合の良い関係だ。

とはいえ、この気持ちを伝えても、キガルが素直に許してくれるとは思えない。プルモートとのやり取りから、キガルの執著心の強さは理解しているつもりだ。だから強引な手で行く。

他のと會うための手段として、これが正解か不安だし、刺されても仕方ないと思うが、やるしかない。

────ジャラ…… ジャラ……

払いも無しに道が開かれる。お祭りを楽しんでいた地獄の住人たちは、俺たちの存在に気づいた途端に道の端へと素早く移し、目が合わないように俯くか、多くの者はひれ伏していた。

ジャラ…… ジャラ……

亀のような速度で一歩一歩進む。一歩進む度に振が起こり、金の鎖がれ合う。

俺が通り過ぎるや否や、住人たちはし上を向き、俺の背中へと奇異の視線を注いだ。その次には俺の乗りに視線が向けられる。

「コヒュー…… コヒュー……」

そう。継ぎ目のないキャットスーツを著たキガルに。

空気の供給に必要な口を除いて、ほぼ全が金沢を放っている。言葉を発せないように口にはボールギャグを咥えさせ、のほとんどの部分をキャットスーツで覆っているため、乗りの正に気づいた者がいるかはわからない。だが、地獄の住人たちは彼の醜態を注視できないらしく、皆同じように目を伏せていた。

「見られて興してるのか? この変態がっ!」

「ブヒュゥゥ……ッッ!」

パシン、とキガルのケツを叩くと、ボールギャグに溜まったヨダレが地面に飛び散った。

「真っ直ぐ歩け。し傾いとるやないか」

目隠ししているため、キガルの首に繋がった鎖を引っ張って導する。

「ゴポッ……! お゛ぉォん……!」

くぐもった聲が上がり、進行方向が調整された。

聞き心地のいいエンジン音だ。しかし、揺れが大きいし、固さも速さも高さも足りない。乗り心地さえ良ければ、普段使いも考えただろうが、躾の一環でなければ使わない乗りだ。

「ちんたらしてんじゃねーぞー。ちゃっちゃか歩けー」

パシン!

「お゛ぉん!」

急かすようにを叩くが、喜ぶばかりでペースが上がらない。腐っても神なのだから、50キロ程度の荷重でへばるわけがない。わざとゆっくり進んでいる。こいつ、まだ自分の立場がわかっていないようだ。

「おっせぇなぁ。乗り換えよっかなぁ。どいつにしよう。やっぱりガタイのいい奴かなぁ。でもクッションはらかいほうがいいし。今より速けりゃ、でもいいなぁ」

見回した瞬間に、見客たちが一斉に下を向く。ひれ伏した者はいっそう姿勢を低くし、立っていた者は倒れるように地面に伏せた。

「どれにしようかなぁーー」

「ブホォーー! ブホォーー!」

キガルは抗議の息を吐き出し、慌ててペースを上げた。

「まだ遅えなぁ! 舐めてんのか? 本気出せや!」

さらにペースが上がる。活発な子どもが漕いだときの三車くらいのスピードになった。お祭り會場は広いが、これくらいの速度があればメインステージまで2時間とかからないだろう。

「コヒュー……。コヒュー……」

キガルはわざとらしく息を切らす。労うように頬をでてやると、唾を飛ばして喜んだ。ただの変態と思っていたが、なかなかどうして可げがある。

熱くった背中から降り、手綱は握ったままヤミーのいるテラス席に腰掛けた。

「やあ、お待たせ」

テーブルには、空のパフェ缶が山積みになっている。イベントの時、セルフサービスで置いたままだったパフェ缶自販機の商品だ。

「スイーツがお好きなんですね」

「ご、ごめんね。意地汚くて……」

「いえいえ、沢山食べてくれて嬉しいです。設置した甲斐がありました。味しかったですか?」

「うん」

「お口に合って良かったです。自販機はそのまま置いておきますので、いつでもお召し上がりください」

「あ、あの、その、ちょっと聞きたいことがあって」

「なんでしょうか?」

「あの、あなたではなくて。そこにいる、その、金ピカの、もしかしてキガルちゃんだったりする?」

「おい。聞かれてるぜ。答えてやれ」

この期に及んで恥ずかしいのか、キガルは質問を無視して、をこすり付けてきた。人懐っこいを憑依したかのような勢いで甘えてくる。これじゃ本の畜生だ。

「こらこら。こんなにヨダレ垂らして。お行儀が悪いぞ」

「ハッ! ハッ……! ハッ! ハッ……!」

ヨダレどころか、濁ったがスーツの隙間から溢れてきた。おらしした可能まである。

「キガルちゃん……。どうしちゃったの……」

「ヤミー先輩に嫉妬してるんです。こいつは気にせずワインを開けましょう」

テーブルの上のゴミを片付けて、グラスを配置する。もちろん2つだ。ペットに飲ませる酒はない。

「気になるよっ! 何事も無かったように進めないでっ!」

ま、そうなるか。

「そうですよね。ぺっ。気にならないわけ、ぺっ、ないですよね。こいつはこんな調子なんで、ぺっ、代わりに説明します」

全くと言っていいほどキガルは落ち著かない。抱き抱えてもジッとしない。俺がしゃべろうとすれば、口の中めがけて唾を吐いてくる。

「こいつ、ぺっ、今日飼い始めましてね。ぺっ。生意気だから、ぺっ、躾けてるところなんですよ」

「飼い始めたって……。別れた後、何があったの……?」

「それを聞くのは、ぺっ、野暮ってもんでしょう」

もう顔中キガルの唾まみれだ。口の中がベトベトする。悪くはないが、ちょっぴりウザくなってきたな。

「ハッハッ! ハッハッ!」

「こら。やめなさい。お話が終わるまでジッとしなきゃダメでしょうが。おすわり!」

キャットスーツの安全裝置を作させる。

「ゔぅぅぅ……… あががが……」

すると、キガルは唸り聲を上げながら、俺の膝から落ち、地面にうずくまった。

「ど、どうしたの、急に……。キガルちゃん?」

「ご心配なく。これも躾です」

「ぐぐぐぅぅ……。じぬぅぅ……」

「す、すごく苦しんでるよっ。いったい何したの!?」

箍児(きんこじ)というをご存知ですか? 聞き分けのない暴者に嵌める冠で、言うことを聞かせたい時に呪文を唱えると、っかがんで裝著者の頭を締め上げるんです。地球では有名な神でしてね。これは、その全バージョンと言ったところでしょうか」

「あ、あの、西遊記のだよね。孫悟空がつけてる。それは知ってるけど……。ふふっ……」

今笑ったか?

「これはダメだよ。こんなのキガルちゃんには似合わないんだから。今すぐ解いてあげて。それに、キミ、そこの舞臺でこういう上下関係を無くしたいって言ってなかった?」

今の発言から、ヤミーの本が垣間見えた。こいつ、キガルのことを暗に見下している。こんな格好させてるから見下すのも無理ないが。

「俺とこいつは対等ですよ。ペットとして扱うことでキガルは喜ぶし、俺も楽になる。ウィンウィンの関係です」

解いてあげてと言われる前には、すでに拘束を解いている。しかし、キガルは暴れない。俺の気持ちが伝わった証拠だ。

「不健全かも……」

「だがそれがいい」

ヤミーは言葉を失ったみたいだ。呆然とした三つの目で、ハート型のワインを見ていた。

「ワインを開けましょう。きっと気にるはずです」

「キガルちゃんとキミの関係については、もう何も言わないことにするよ」

ボトルの蓋を開け、ヤミーの分のグラスにワインを注ぐ。サラッとして粘り気のないが空気にれ、甘い香りを放ちながら、明なグラスを赤黒く染めていく。

キガルが足を引っ掻いてきた。飲みたいのだろうか。

無視して、自分のグラスにも注ぐ。

ガタガタ。ガタガタ。

急に揺れが來た。テーブルだけが揺れている。足もとを見てみると、キガルがテーブルの足を摑んでいた。

うっとうしい。この場を臺無しにしない程度に手加減しているのがウザい。

これじゃあ、まるでご飯をねだる貓じゃないか。要求を飲まなきゃイタズラするってか?

意地張っても仕方がないから、おつまみの皿を一つ出して、あふれない程度にワインを注ぐ。これならボールギャグ越しでも飲めるだろう。

地面に皿を置くと、テーブルの揺れがおさまった。

「お利口になったな。ちょっとはせそうじゃないか。ほんじゃあ、乾杯しましょうか。俺の冥界神就任祝いということで」

「ふふっ。面白いねキミ」

グラスを掲げて乾杯。自分の待ち人がこんな変態と一緒に來たら、もっと取りすと思うが、すぐに順応するあたり、冥界神のメンタルは流石と言える。

「キガル先輩とずいぶん仲が良いようですね。付き合いは長いんですか?」

「えっと、どれくらいだっけ?」

キガルに訊いたようだが、すぐに無駄だと悟ったらしい。

「キガルちゃんが結婚するずっと前から、かな?」

どいつもこいつもババアだな。ま、年齢なんて気にしないが。何年生きていようと怖くない。

「2000年以上ですか。それはすごい。馴染でもそんなに長続きしませんよ。よっぽどキガル先輩のことが好きなんですね」

「ふふっ。そうなのかもね。キガルちゃんと居ると飽きないんだ」

「じゃあ、キガル先輩が地獄の門の封印に賛って言ったら、ついてきてくれますね?」

「い、いきなり本題なんだね。もっと會話を楽しまない? キミに興味があるんだ」

「フゴォオオォーーーッ!」

バンッ!

テーブルが吹き飛んだ。足元を見ると、興したキガルが今にも飛びかかりそうな勢でヤミーの方を向いていた。

「ッ! 待て!」

キガルの太ももの筋が強張った瞬間に、キャットスーツの安全裝置を起する。

ただ、ちょっとだけ遅かった。

地面からちょっとだけ飛んだキガルは、ヤミーに抱きつく形で止まった。攻撃の作が見えた瞬間に止めたつもりだった。全力で。なのに、キガルのきがあまりにも速くて遅れてしまった。

キャットスーツは魔法金屬製だ。神へのダメージは他の金屬の比ではない。途中で止めたとはいえ、強く當たれば致命傷になる。死なずとも死ぬほど痛いはず。

マナガス神は丈夫だから、首だけになっても生きていける。だが、當たりどころが悪ければ死ぬ。脳という核を失えば死ぬ。人の形狀を取っているせいだ。魂さえあれば無限に復活可能な冥界神といえど、復活までは時間がかかる。そうなると地獄の門の封印が先送りだ。それは嫌だ。

「生きとるかー? ヤミーせんぱぁい?」

「フンッ! フンッ!」

「そっちで大人しくしてろよ」

暴れたら最悪なんで、拘束は解かない。いったんキガルには退いてもらって、おそるおそるヤミーを見た。

ヤミーは頭から赤いを流していた。しかも、三つある目のうちの額の目が潰れている。もし、これが急所ならヤミーは助からないかもしれない。

焦る。だが、それ以上に驚きがある。

ヤミーに赤いが流れているのにも驚きだが、それよりも、2000年以上の友だちに、躊躇いもなく殺人タックルをかましたキガルに驚いている。しかも、本人からは反省のが見えない。當然の報いと言わんばかりに唾を吐いている。

一応、脈を測ってみる。

「よし。オッケー。ちゃんといとらん。こーれ死んでます」

はぁ……。いや、諦めるにはまだ早い。いくら似ていても、人とは違うわけだし、脈が無かろうが俺は生きてる。ヤミーだって同じはずだ。

「起きてくれぇ。頼むぅ〜。おーい」

塗れの頬を叩いて聲をかける。

「ん、んぅ……」

ヤミーが起きた。自力で生き返ってくれた。危ねぇ。

眠たそうに目をこすったあと、手の甲に付いた新鮮なを見て、ヤミーの表が変わった。焦りとか、悲しみとか、そういうも含まれていそうだが、一番にじたのは、怒り。

男を知らないウブな乙のようだったヤミーから、まるで萬夫不當の番長のごとき凄みが出ている。

「生きていてくれて良かったです。立てそうですか?」

まだ起き上がらない。同じ目線で話したいところだが、手は貸せない。噛みつきそうだから。

「キミさぁ……」

ヤミーはに染まった目を拭いもせず、ただ俺だけを見ていた。

「ぼくのことも殺す気だった?」

「え?」

こいつッ……! 今、なんて言った! 『ぼくのことも(・)』と言わなかったか!?

ここでの殺戮はバレないようにしたからこんな言葉は出てこないはず。どこまで気づいている!?

「殺す? そんなことは考えてもいません。あなたに死なれて困るのは俺ですよ」

「そうだよね。これ以上誰かが死ねば、閉められなくなるもんね。地獄の門」

今、『これ以上誰かが死ねば』と言った。なくともカメーの死亡は知られている。あるいは確信している。もしかしたら、プルモートの死亡も知っているのかもしれない。もし、ヤミーがマニアーの存在を知っていたとするならば、同時にプルモートの死も知っていることが確定する。探ってみるか。

「マニアー先輩が復帰したことを知っていますか?」

「さっきここに來て一緒にパフェ食べたんだ。それよりも……」

金魚の糞と侮っていた。ヤミーは全て知っている。おそらく、カメーとプルモートを『しわよせ』に食わせたことも知っている。

俺が隠していたを知っても尚、面と向かって會話できるあたり、相當腕に自信があるか、俺に取りるつもりだろう。どちらにせよ、一瞬の油斷もできない。

キガルに『靜寂』をかけておく。今の関係が悪くても、プルモートは彼の元夫だ。それに、プルモートへのは続いているようにも見えた。ヤミーがプルモートのその後を話したりすれば、暴走の危険がある。キャットスーツの安全裝置を起すれば暴走を止められるが、一瞬そちらに気を取られる。その一瞬の隙が危ない。だから、事前に潰しておく。

「そうそう。耳を塞いであげないとね」

こいつ、どっちだ。敵か? 味方か?

「全部知ってるってツラやな」

「お芝居やめたんだね」

「もう一度訊くぜ。おめぇは今も反対派なのか?」

「返答次第じゃ殺すって目をしてるけど、いいの? 門を閉じないと冥界の仕組みは変えられないよ。ケー・スマイル・ダークさん」

カメーとプルモートを滅ぼしたことを今になって後悔した。こいつを最初にやるべきだった。こいつが一番厄介だ。

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