《骸骨魔師のプレイ日記》船に揺られたその先で

コンラートに謝罪へ向かった數日後、ミツヒ子は船の上で揺られていた。彼がいるのはコンラートの商船、その船室の一つである。船室にいるのは彼ただ一人であり、『ノンフィクション』の他の記者は同行していなかった。

他の記者達も同行すると言ったのだが、これに関してはミツヒ子が一人で行くと言って譲らなかった。これはコンラートからの指示ではなく、彼の判斷であった。

『ノンフィクション』の記者達は優秀だが、々な意味で個的な者ばかりなのだ。カキアゲのように無禮を働く可能が高く、空気を読まずに詰問する者が絶対に出て來ると彼は確信していた。

今日ばかりはお行儀よくしてもらわねばならない。故に彼はしつこく付いて來ようとする記者達を一喝してから置いてきたのである。

コンコンコンコン

「どうぞ」

「失禮いたしします」

ドアがノックされたので室を促すと、ってきたのはセバスチャンであった。名目上の役職はコンラートの執事なのだが、実際にはコンラートの右腕として商會の運営を支えている重鎮だ。ミツヒ子は彼の聲が聞こえた時點で背筋をばして彼を出迎えた。

一禮しながら室した彼は一枚の盆を持っており、その上には軽食とドリンクが乗せられている。芳しい香りが漂っていることから、この軽食も高級品なのは明白だ。これで海を見られれば最高の船旅なのに、とミツヒ子は心でため息を吐いた。

「目的地まではもうしばらく時間がかかります。お待ち下さい」

「いえ、待つのは構いません。ただ…ここがどの辺りか大で良いので教えていただけませんか?」

ミツヒ子はカキアゲのように暴走はしないものの、記者であることに変わりはない。しでも報を得ようとしてしまうのはもはや職業病のようなモノであった。

一蹴しても良いはずだったセバスチャンであるが、彼は微笑みながら申し訳ありませんと丁寧に回答を避けた。まあそうだろうな、と最初から期待していなかったミツヒ子だったが続くセバスチャンの言葉は彼の想定を越えていた。

「お教えしても意味のない報でございますので」

「意味がない…?」

「それでは、失禮いたしました」

するミツヒ子を殘し、セバスチャンは隙のない所作で一禮してから去ってしまう。今いる座標に意味がないというのはどういう意味なのか、とりあえずミツヒ子は二つの仮説を立てていた。

第一の仮説は連れて行かれる場所が今日限りの契約で使わなくなる場所だというもの。これならば場所を特定してもあまり意味はないだろう。

一応はその場所の持ち主と『コントラ商會』に繋がりがあるという報は得られるのだろうが…プレイヤーで最大の財力を持つ商會と何らかの繋がりがある者など溢れ返っている。知ったとしても報の価値はほとんどなさそうだった。

第二の仮説は連れて行かれる場所が既知の場所というもの。『コントラ商會』が各大陸に商館を有しているのは有名な話であり、その中のどれかならば座標を教えたところでほとんど意味はなかった。

唯一わかることがあるとすれば、その商館には談に使える場所があるということだろうが…『コントラ商會』ほどの商會ならばどの商館にも談に使える隠し部屋などあってもおかしくはない。やはり報としての意味は薄かった。

「せっかくなら、二つ目の仮説が良いですね。別の大陸に行ける機會は中々ありませんし」

二つの仮説を立てたミツヒ子だったが、第二の仮説が正しいことをんでいた。大陸間の移を行った経験は彼にもある。だが、その準備は非常に面倒だった。

それは偏に彼が魔プレイヤーだからである。彼もまた巧妙に変裝しているので魔だと見破ることは難しい。しかし難しいだけで不可能ではないのだ。

また、カキアゲの時のように運良く航に功してもその後に捕まることもある。そしてどの場合も帰還するのは不可能に近い。運良く帰ることは相當に運が良い時だけであり、基本的に死に戻りによってベッドで復活することになる。アイテムではなく報が目的なので問題はないのだが、ついでに稼ぐというのが難しいのは彼らの悩みの一つであった。

やはり味しい軽食とドリンクを完食してからし経った後、徐々に船が減速していくことに気が付いた。そろそろ目的地が近いらしい。ミツヒ子は服のシワをばしてから呼ばれるのを待った。

「やあやあ、ミツヒ子君。到著したよ。そろそろ行こうか」

ミツヒ子を迎えに來たのは意外なことにコンラート本人であった。彼は明らかに機嫌が良く、張しているミツヒ子とは大違いである。どうやらここはコンラートにとって楽しみに思える場所であるらしい。ミツヒ子はやることもないので観察するしかなかった。

コンラートとセバスチャンの後に続いてミツヒ子は久々に陸上に降りた。ここはどこかの小島にある『コントラ商會』の港なのだろうと予測する。外洋を航海する際にここのような橋頭堡があれば便利なのは間違いないからだ。

そしてこの施設は『コントラ商會』にとっても重要視されているとも予測していた。何故なら通常の港には不必要なトーチカらしきモノまでもあったのだから。ミツヒ子は絶対に奪わせないという強過ぎる意思をじていた。

周囲には小島の影もなく、水平線は緩やかなカーブを描くのみである。この孤島は商會が整備するまでは誰も知らない無人島だったのだろう。彼はさり気なく視線だけかして観察していた。

港からは一本の道がびており、その先には大きな屋敷がそびえ立っている。あの屋敷で會談が行われることになるのだろう…と思いきや、コンラートが座ったのは屋敷の外に設置されていた木の椅子であった。

それは『コントラ商會』の持ちとは思えぬほど質素である。裝飾どころか塗裝さえもされていない。シンプルだからこそ悪くないという考え方もあるが、ミツヒ子はコンラートの趣味とはかけ離れているという印象をけていた。

「ほら、こっちこっち」

「え?あ、はい」

「いやぁ、流石にあっちは斷られちゃってね。屋敷にれるかどうかは君達の返答次第かな」

しながらも促されるままに椅子に腰を下ろしたミツヒ子だったが、その聡明な頭脳は働いていた。今の言い方から考えてここは『コントラ商會』の協力者、それもミツヒ子を警戒している相手の屋敷だということ。ここは敵地だと彼は強く認識した。

それからしばらくの間、コンラートとミツヒ子は取り止めのない會話をしていた。二人にはそれ以外にやることがなかったからである。ただしコンラートは純粋に會話を楽しめた一方で、敵地にいるミツヒ子は全く楽しむ余裕はなかった。

「お、來たね」

「…そう來ましたか」

コンラートの視線の先を追ったミツヒ子は驚きから大きな聲を出しそうになるのを必死にこらえていた。コンラートが見ていたのはこちらに向かって來る三人組だったのだが、そのの二人は超が付く有名人だったからだ。

その人とはジゴロウと源十郎。最強プレイヤー談義になれば必ず名前が挙がる、しかしどこで何をしているのか報が全くない二人の魔プレイヤーだった。

ジゴロウに関してはカキアゲから言葉をわしたと自慢されたので知っていたものの、源十郎までいるとは思っていなかった。揺せずにはいられないが、揺していると思わせないようにポーカーフェイスを必死に保った。

しかし、そうなると気になるのは最後の三人目の人である。その人は黒のフード付きローブに銀の骸骨仮面、金の豪華な裝飾がされた杖を持っていた。

「まさかっ!」

その外見にミツヒ子はハッとして大きな聲を出しながらコンラートに振り返る。すると彼はニヤリと笑いながら名答と小さく呟いた。

が思い出したのはサービス開始直後というまだ彼がプレイしていなかった頃、攻略組と呼ばれる未踏地域のボスを倒しながら進んでいく猛者達を打ち倒した魔がいたという。その片割れの外見にそっくりなのだ。

「コンラート、待たせてすまない。急いで來たんだがな」

「ちょっと遠めだからしょうがないよ。ああ、そうそう。こちらはミツヒ子君。『ノンフィクション』の編集長だね」

「み、ミツヒ子と申します」

「ああ、これはご丁寧にどうも。名刺か…私も作るべきか?」

ミツヒ子は張しながらもいつもの癖で名刺を差し出す。それをけ取った三人の、骸骨仮面の人だけは名刺作について興味をそそられているようだった。

「いらねェだろ。似合わねェよ」

「然り。お主の立場で名刺など聞いたこともないわ」

「ハハッ、確かにね。んで、ミツヒ子君。彼が君と話がしたい張本人さ」

々と聞きたいこともあるだろうが、先に確認させてしい。貴はフィールドの隠れ家に潛む魔プレイヤーとコンタクトが取れる。間違いないか?」

「はい。その通りです」

その人は名前すら名乗らなかったものの、ミツヒ子は即答した。彼が何者なのか、まだ確証は何一つない。だが、彼は直していたのだ。目の前の人と懇意になっておくことは必ず良い結果を生むはずだ、と。

「ありがとう。なら、ミツヒ子。君の基準で口が固く、良識もあるクランに聲を掛けてもらいたい」

「そのくらいでしたら問題ありません。伝える容をお聞かせ下さい」

「そうだな…『魔達のための國、アルトスノム魔王國に移住したくはないか?』そう伝えてしい」

達のための國への移住。拠點の確保にも四苦八苦する魔プレイヤーからすれば夢のような話である。怪しいと疑う者もいるだろうが、それ以上に話に乗ってくる者は多いだろう。

目の前の人はそれを見付け、移住を募れるほどに國に食い込んだのかもしれない。もしそうならコンラートが仲良くするのも頷ける。きっと彼はその魔達のための國とのパイプ役なのだ。

ミツヒ子は自分の中で納得しつつ無言で首肯する。そして説得のために移住に際しての注意點などをいくつか聞き出すのだった。

次回は9月23日に投稿予定です。

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