《聖が來るから君をすることはないと言われたのでお飾り王妃に徹していたら、聖が5歳?なぜか陛下の態度も変わってません?【書籍化&コミカライズ決定】》第97話 私は彼を。
……嫌な人に會ってしまったわね。
「ごきげんよう。デイル伯爵」
親し気に話しかけてくる彼に、私はにこりともしなかった。
実は、ユーリ様とリリアンが噂になってから、やたら王宮でマクシミリアン様に聲をかけられるようになっていたの。
その上「エデリーン」と昔のように呼び捨てにしてくるものだから、その馴れ馴れしさにうんざりしていた。何度注意しても、一向に直る気配がないのよ。
「デイル伯爵。何度も言っているけれど、私はあなたに呼び捨てにされる筋合いはありません。これ以上馴れ馴れしくするようなら――」
けれどしかめ面の私にも、マクシミリアン様はじない。それどころか私の腰を抱き、ぐっと顔を寄せて來たのだ。
「なっ! 何を!」
無禮者! とぼうとしたところで、薄く微笑んだマクシミリアン様に囁かれる。
「エデリーン。知っているかい? 先ほど私は見たんだ。――ユーリ國王陛下とリリアンが、くちづけしているのを」
ドクン、と心臓が跳ねた。
「……うそ」
「信じないなら、自分の目で確かめてみるといい。あのふたりは今、北宮の溫室にいる」
北宮の溫室。
それはこの間サクラ太后陛下が教えてくれた場所であり、數ない、ふたりだけでデートした場所。
そこに、リリアンを連れていったというの?
ドクンドクンと、心臓が暴れ続ける。
「……自分の目で見るまで、信じませんわ」
言って、私はマクシミリアン様を押しのけた。それから足早に、ほとんど駆けるような速さで、北宮に向かって移する。後ろをマクシミリアン様がついてきている気配がしたけれど、そんなことを気にする余裕はなかった。
気づけば私は、なんでこんなに必死になっているのかわからないまま、駆け出していた。
「はぁっ……はぁっ……」
やっとたどり著いた北宮の溫室。以前ユーリ様と歩いた道をたどりながら、私はきょろきょろと辺りを見回した。
そして――見つけた。
「ユーリ、さま……」
結論から言うと、ふたりはくちづけはしていなかった。
けれど、直前にくちづけしていてもおかしくないような甘い雰囲気が、確かにふたりの間に満ちていたのよ。
かつて私と並んで座ったカウチに並び、リリアンは可らしくユーリ様の肩にこてんと自分の頭を預けている。
そんなリリアンと手を繋ぐユーリ様の表も優しく、はためから見てもリリアンが大事なのだということがひと目でわかる。
私が見つめる前で、ユーリ様が手をのばしてさらりとリリアンの頬にかかる髪をかき上げた。その大きな手を、うっとりした顔のリリアンが握る。
その甘い景に、私はぎゅっと心臓を握りつぶされた気がした。
考えたくない。でも……。
――ユーリ様は、本當にリリアンのことを好いているの……?
じゃあ、かつてマクシミリアン様に『婚約を解消してくれ」と言われた時のように、今度はユーリ様に『エデリーン、私と別れてくれ』と言われ――私に向けてくれた微笑みは、全部なかったことにされるかもしれないの?
そう思った瞬間、ぐにゃりと視界が歪んだ。
それは自分が泣いているせいだと気づいたのは、パタパタと大粒の涙が床を打った時だった。
私はあわててその場から離れた。だって、誰にも見られたくなかったから。
けないわ……! 私が泣いている場合ではないのに……!
そう思っても、一度あふれた涙は止まらない。
ようやく隠れられそうな場所を見つけてうずくまっていると、そこへ足音がした。
「エデリーン、だから言っただろう?」
勝ち誇った聲はマクシミリアン様だ。
私は顔を背け、ぐいと涙を拭う。この男には、絶対に涙など見られたくない。
「なくとも、私が見た限りくちづけはしていませんでしたわ」
「ならなんで君は泣いているんだい? 気づいているんだろう? くちづけをしようがしなかろうが、ふたりの雰囲気は人そのものだということに」
「……だとしてもあなたには関係ありません。教えてくれたことには謝しますが、私はもう戻ります」
そう言って、立ち去ろうとした時だった。
通りすがりにグイッと手首を摑まれ、マクシミリアン様に強い力で引き寄せられる。
「っ! やめて!!!」
「それが関係あるんだ、エデリーン。……なあ、僕たち、やり直さないか? 若気の至りで、君を手放したことを本當に後悔しているんだ」
熱っぽい瞳で、マクシミリアン様は私に囁いた。
「君も見ただろう? 國王ユーリだってあんな浮気者さ。それなら僕にしたらどうだい。もう二度と傷つけないし、大事にすると約束するから」
リリアンと並ぶユーリ様の姿を思い出して、ぎゅっとが苦しくなる。
それでも私は、マクシミリアン様の腕を振り払った。
「ユーリ様とあなたを、一緒にしないでくださいませ。もしユーリ様が浮気するのなら、それは本気のですわ」
「なんでそんなに彼だけをかばう。もう彼と結婚しているからか?」
眉をひそめるマクシミリアン様に向かって私はんだ。
「いいえ、そんなの関係ありませんわ! だって……」
私は彼を。
「私は……ユーリ様が、好きだからですわ!」
そう言った途端、また涙があふれた。
――そう。気付けばいつの間にか、私はすっかりユーリ様が好きになっていたのよ。
彼を信じているのも、彼が離れていって悲しいのも、リリアンと並んでいる姿を見て心が千切れそうになったのも、全部、ユーリ様が好きだから。
それを奪われた今になって気付くなんて、本當に自分が鈍すぎて嫌になる。
「だからユーリ様が浮気者であろうとなかろうと、あなたについていくことはありませんわ。だってあなたに対して、もうこれっぽっちも未練なんかありませんもの。わかったら離してくださいませ」
言ってぐいと腕を引いてみたけれど、マクシミリアン様は離してくれなかった。
それどころか彼の青い瞳は、暗いを帯び始めてきている。
まずい。今のは言い過ぎたかもしれない。でも、事実よ!
やがてたっぷりの沈黙の後、彼ははぁとため息をついた。
「……それならしょうがないね」
諦めてくれるの?
一瞬ホッとしかけた私は、けれど次の瞬間、口と鼻に布を押しあてられていた。
「!?」
「できれば無理矢理は避けたかったのだが……君の意思が固いならしょうがない。この手を使うしかないようだ」
ツン、とした臭いのあと、すぐさま視界が歪んだ。今度は涙ではない。
この男、薬を……!?
「ユーリ、さ、ま……っ!」
けれど聲をあげるよりも早く、私の意識はぶつりと途絶えた。
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