《愚者のフライングダンジョン》123 業眼

俺の正に気づいただと? どうやって?

しかも、地獄の門を封印する本當の理由も知っているような言い回しだった。

冥界に來た真の目的は誰にも話していない。邪魔者が増えると失敗するから、誰にも気づかれないように行した。なのにバレた。

なんなんだ。なんなんだ、こいつは。なんで俺をわかった気でいやがるんだ。

急に態度が変わったのも謎だ。口調はそのままなのに、明らかに前と格が違う。こんなヤミーはボクちゃんの記憶にも存在しない。もっとオドオドしていて、積極的に誰かと會話しないだった。基本で、頼まれたら斷れない格と記憶している。目の前のこいつは、まるで別人だ。

「ねぇ。どうしてお兄さんがいるなんて噓をつくの? 神としての自覚が無いの?」

「不快だな。そういう冗談は」

「それも不快なフリ、だよね」

「まったく。こうも見かされると照れちまうね」

「ふふっ。揺さぶりをかけても全然怖がらないんだもん。本気のボクを前にしたら、冥界神でも引くのにさ。キミのメンタルは異常だよ」

「失禮な奴だな。俺のこと何も知らんくせに」

「キミのことは全部知ってるよ。なんでか知りたい?」

そう言って、ヤミーはいたずらな笑顔を見せる。まみれだからサイコホラーでしかない。

「俺のことわかっとんなら、わざわざ確認取らんでええやろ」

「それはそうなんだけどね。確認もせずにどんどん話を進めちゃうのは、夫婦くらいの関係じゃないと許されないと思うな。ボクらはもっと會話のキャッチボールをしないと」

思わず吹き出してしまった。

「くくくっ。神が會話のキャッチボールとは。笑わせてくれる。神はボールを投げるだけだ。投げ返されたら打ちのめすのみ。それがおめぇらの言う神の在り方なんやろ?」

「ふふっ。確かにね。でも、キミは自分自のことを神とは思ってないでしょ?」

「ああ」

もはや、隠し事は無意味か。すべて見通されている。今までの努力が全部臺無しにされた気分だ。頑張って自分の意識を暗號化してきたのに。

「ボクもそうなんだ。人の親から生まれて、人の子として育った。そして、運命の歯車が狂ってここにいる。キミもそうでしょ?」

「ああ」

天使の記憶で知っている。確かに、ヤミーとエンマは人間だった。地球人とよく似たタイプのマナガス人だ。國の覇権爭いというありふれた戦爭のさなか、二人は極娯楽神に見初められた。住んでいた教會が焼かれるという、ありがちな悲劇に見舞われ、生き殘った孤児を連れて敵兵から逃げていたが、とうとう捕まってしまい、理不盡な暴力を振るわれる寸前で神の力を授かった。その後は想像通りの盛大な慘殺劇だ。神話になるに相応しい大量の死が出ている。

他にも二人と似た境遇で神の稱號を得た者は多い。不老不死になるし、かなり重い稱號のはずだが、結構簡単に配られていたようだ。

そのり立ちを知っているから、當然、ヤミーの能力も知っている。だが、當時のヤミーに俺の神防を破るほどの力は無かった。

天使が知らないということは、冥界に來た後でその力を得たのだろう。冥界は地球と同じく、マナガスとは別の世界だから、天使の力では冥界の歴史を把握できない。

「それで? 教えてくれるか? なんで俺の正を知ってる?」

「それはね。全部見えちゃうからなんだ。キミの過去も、これからしようとしていることも全部ね」

ヤミーは額の目を指差した。回復が遅いのか、第三の目は今も塞がったままだ。

「この目はね。霊魂たちを裁いてた頃に開眼したんだ。視力がちょっと良いくらいで特別な力はないんだけどさ。特別なのは両目の方でね。額の目を閉じると、両目で他人の生前の行いが見えてしまうんだ。勝手に報がってきて疲れるから、額の目は常に開きっぱなしにしてたんだけど、さっきの衝突で閉じちゃってね。そのときに知ったのさ。キミの人生のすべてをね」

なるほどね。つまりこいつの両目を潰せば、二度と心を覗かれないってことか。

騒なこと考えないでよ。キミと対立する気なんてないからね。そのつもりなら、こんなに喋るわけないじゃないか。そうでしょ?」

「でもな。おめぇをそのままにしとくと、おめぇを通して俺の計畫が神様にバレちまうんだ。わかるよな?」

「大丈夫。極娯楽神様には知られないから」

「相手はおめぇを生み出した存在だぞ。なんでそう言い切れる?」

「キミの記憶を見てるんだから、極娯楽神様に心を読ませない方法も知ってるよ」

「それは俺だからできることだ。おめぇとは魂の作りが違う」

「わかってる。ただ、よく考えてみてよ。ボクのキャパシティじゃ、キミの人生をけ止められないはずさ。発狂してもおかしくない。でも、ボクは自我を保ててる」

隨分な言われようだな。俺は発狂してないぞ。

「それがどうした」

「キミの知識でもわかるように言うと、ボクの両目の『業眼』は、地獄の閻魔大王が裁判で使う、いわば浄玻璃の鏡みたいな力なんだ。記憶する必要がないからキャパシティオーバーにもならない。キミを映しているだけだから、暗號の解読もできない。ボクにできるのは、キミの記憶に乗っかって話をすることくらいさ。キミから目を逸らせば、キミの記憶をすべて忘れる。これまでの會話は覚えているけどね」

「なるほどな。今すぐおめぇを乗っ取らない限り、神様が見れるのは俺の鏡像だけってわけか」

「さすが、理解が早いね」

「おめぇの力はわかった。やけどな。疑問がある。自分の手のを曬して、結局おめぇは何がしてぇんだ?」

「命乞い」

「くくくっ! あっはっはっはっ!」

あー、可笑しい。こんな展開は思いもしなかった。脅されると構えていたのに、まさか降伏を宣言してくるとは。おもしれぇ

「命乞いぃ? くくっ。命乞いだと? おめぇの『業眼』は強い。それを使って、みんなの力を合わせれば、俺を倒せるかもしれんのだぜ。命乞いよりも助かる可能があるのに、どうして戦いを避けるんだよ」

「キミに一目惚れしたからさ」

ヤミーが急に距離をめ、ぴたりとをくっつけてきた。

「ボクだけじゃないよ。みんなキミに惚れてるんだ。決闘でもない限り戦わないよ」

「それは助かる。後始末が楽に済みそうだ」

「ねぇ。聞いて。キミの理念はよくわかる。紛いの神を滅ぼしたいというキミの気持ちはね」

「どうだか」

「キミが育った日本では、あらゆる所に神が宿るらしいね。でも、ボクらは宿らない。実があるし、考えもする。神々が本格的に地球侵攻を始めたら、地球人の社會は終わると思う。マナガスがそうだったように、きっと宗教的な爭いも頻発する。神の戯れで何度文明がリセットされたか。人をするキミにとって、神々の存在が厄介でしかないのは理解してるつもりだよ」

「それがわかっていて命乞いとは、いったいどういうわけだ?」

「なにも、すべての神を助けてしいわけじゃないさ。冥界神だけ見逃してしいんだよ。ダンジョンゲートで地球に行ける基本世界の神々はともかく、ボクらはここを出ないじゃないか。それにさ。冥界神はみんな霊魂たちのために働いてる。死後の世界に神がいた方が人間たちにとってめになると思う。ボクだって、全部とはいかないけど、苦しみを抱えて死んだ子どもたちを沢山救ってきたつもりだよ」

さすが俺の記憶を見ただけあって、弱いところをつくのが上手い。

「言い分はわかった。人間たちのめになるというのは同意見や。やけどな。『冥府送り』やソウルノートみたいなアイテムもある。今後冥界を抜ける手段が生まれるかもわからんし、冥界神を放っておくわけにはいかん」

「なら、冥界のルールを変えよう。そんな抜け道もできないようにね」

「俺がここから出られんくなるやんけ」

「その都度掛け直せばいいんだよ。家の鍵を開け閉めするのと同じ覚でさ」

「簡単に言うが、俺が出てる間にルールを上書きされたら、次ったとき冥界に閉じ込められるじゃねぇか」

ルール改変魔法を使い、冥界から誰も出られないルールを設けて、俺を例外にするのは不可能だ。だが、俺が出る時だけそのルールを外すのは可能だ。ただし、ルールを外している間に、他の冥界神が同じルールを設けた場合、俺にはそのルールを編集できない。

それができない理由は、ルールごとに宇宙編集権限があるからだ。基本的にはルールを設けた個人にのみ権限があるが、複數人に権限を與えたり、権限を加えなかったり、細かい條件を付けたりできる。條件を重くすることで簡単にはルールの改変ができなくなる。特別重い條件を課しているのは地獄の門だ。地獄の門の場合、12名の冥界神の同意があって権限を與えられる。條件が重いだけあって、容も重い。地獄の門に定められたルールは、門が開いている間、大規模なルール改変を行えないというものだ。『誰も冥界から出られない』というルールさえも地獄の門を閉めなければ作れない。

「なんでも一人でやろうとするのが、唯一キミの弱いところだよ」

「命乞いはそれで終わりか?」

「せっかちだね。話は最後まで聞いてよ。ここからが肝心なんだからさ」

いちいち俺の反応を求めてくる。命乞いとか言っておきながら、會話そのものを楽しんでいるようだ。著度も上がっている。俺の手に指を絡めてきた。神に求められるのは嫌じゃないが、これほど激しめなスキンシップをしてくる理由が気になって興できない。

「キミがルールを加えたら上書きされるリスクがあるけど、ボクがキミの代わりにやったらそのリスクを回避できるよ」

「話にならん」

「信用するのが難しいのはわかるよ。だから『契約』の魔法を使おう」

『契約』の魔法とは、當事者同士の意思表示が合致した場合、その約束を守ることを魂に誓いあう魔法である。

だろ。それ」

ルール改変魔法の中には指定されている魔法が數多い。ムカエルが使ってきた『サクリファイス』系の魔法もだ。そのほとんどが『しわよせ』を産みかねないという理由で指定されているが、『契約』の魔法は別の理由で指定されている。

その大きな理由のひとつは、結んだ契約の解除が非常に困難であることだ。一度契約が立すれば、互いの合意があっても契約を解除できない。契約の更新期限を設けることもできず、契約を破った場合にも破棄されない。

契約が解除される唯一の狀況は、世界、つまり極娯楽神が契約者の魂を特定できなくなった場合のみ。基本的に神は死なず、死んでも同一の魂を持って復活するため、神同士で行う契約はほぼ解除不可能と言っていい。どんな不平等な契約も立したら守らなければならない。もし、破ってしまったら、契約時に決めたペナルティをけることになる。ペナルティの強制力が高すぎることも指定された理由の一つだ。

「今更そんなの気にしないでいいでしょ。キミにデメリットは無いはずだよ。いやになったら、ボクを消せばいいさ」

「そうやな。よかろう。俺の要求は一つ。俺を例外として、冥界を封鎖し続けること。おめぇの要求は?」

「ボクをキミの妻にして」

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