テラさんのお宅で食事しながら談笑していると、玄関のドアがノックされた。

「約束はないけど、誰だろう？」

「ボクが対応します」

テラさんを制して玄関に移し、ドアを開けるとサスケさんが立っていた。晝間とは違う変裝を施してる。

「テラさ～ん。ボクの知り合いの方でした。し外で話してます」

「はぁ～い。ごゆっくり～！」

外へ出て、そっとドアを閉める。外はすっかり暗い。

「お待ちしてました」

「來るのがわかってたのかい？」

「リスティアがあとで連絡すると言ったときに、可能はあると。暗部の皆さんには、お手數おかけしました」

「何もしてないよ。奴らを拘束したのは衛兵だ。王様から報を頂いて、現場に向かうと全員が眠りこけてた。楽な仕事だったらしい」

「そうですか」

「ただ、覚醒させても供述が意味不明で困っていたよ。記憶の混濁が激しくて、自分が何故カネルラにいるのかわからないとか、中には自分が何者かすら朧気な者までいるみたいだ。君の魔法の影響だろう？」

「ちょっとやり過ぎてしまいましたね…」

『混濁』は、効果がわかり辛いのが難點。

「自供が無くても、裏は取れてるから心配いらない。ボグフォレス卿からも極に事を伺ってる。ウォルト君には悪いけど、俺が張り込ませてもらって、子供を救出して戻ったことも確認した」

「そうだったんですか？まったく気付かなかったです」

「屋敷の手前だったからね。気も抜けるさ」

周囲を警戒はしていたけど、やっぱり凄いな。サスケさんの配置には、ボグフォレスさんの護衛の意味もあったはず。

「奴らは、今後どうなりますか？」

「王様から國王様に報告がなされた。どうなるのかは推測しかできないけど、他國の輩とはいえ送還はないだろう。カネルラで然るべき処置を執行する」

「奴らの祖國は、アヴェステノウルですね？」

「その通り。聞き出していたのか」

「北から國したと聞いて、シュナウザーの名を合言葉にしていれば、誰でもわかります」

カネルラの北に隣接する國、アヴェステノウル。

英雄的な國家元首シュナウザーが統治していた時代に、カネルラとは諍いを起こした歴史もあるけれど、現在の関係は良好。

カネルラと同じく小國でありながら、『國民総兵隊』と呼ばれるほど気盛んな國。自然を守るカネルラとは異なり、近代化に力をれる國でもある。

「國家が絡む事件であれば、間違いなく外問題。他國で、しかも貴族を脅迫する行為は、カネルラに限らず重罪だ。けれど、ただアヴェステノウル出の犯罪集団の仕業という可能が高い。カネルラを嘲笑する行為で、重犯罪に変わりないから厳罰に処される」

予想通りだし、今回はリスティアに任せると決めた。だから、どんな結果になっても納得する。奴らの未來に興味はない。

「事件は解決したけれど、１つだけ問題が殘ったんだ」

「『刺青男』ですか？」

「お見通しだね。あの男は危険だから、俺が直接話した。君のことを覚えていたよ」

そんな気はしていた。ボクの魔法は、やっぱりまだまだ。

「もう一度、相手をしろと言ってましたか？」

「似たようなことを言っていた」

「ボクは一向に構わないんですが、拘束されている以上、難しいですね」

「普通ならそうだけど、奴は君と『闘(デュエル)』をやりたいと意気込んでる」

『闘』は、國が準備した処刑人と闘って、勝利すれば重罪を犯した犯罪者であっても晴れて無罪放免となる救済制度。犯罪者側の要が基本ながら、國側が提案することもある。

採用していた國もなく、そもそも時代が違う。今よりかなり前の時代、拳闘と同様に娯楽として一定の人気を博した制度。現代でも、一部の地域では採用されていると聞くけれど…。

「カネルラには存在しないことを知らないんでしょうか？」

「アヴェステノウルにも闘は存在しない。要するに、とにかく君と闘いたいという意思表示だと俺は判斷した」

「牢で騒いでいますか？」

「いや。とぼけた態度だったけど、君に會わせないと供述はしないと開き直っていた」

そこまで言うのなら…。

「ボクが、牢に行って直接話します」

テラさんにリリサイドとドナのことをお願いして、サスケさんと共に収監先を訪れることに。

知らなかったけれど、王都の監獄はかなり街外れに建っているらしい。サスケさんは一度王城に帰還して、牢へれるよう調整してくると告げた。

城門の外で待っていると、サスケさんが焦った様子で戻ってくる。

「急事態だ。ついさっき、キーチが牢から走した。牢を力ずくで破壊し、看守を全員叩きのめして逃走したらしい」

なんて迷な奴だ。

「奴の行方は？」

「未だ知れない。衛兵と暗部が協力して、包囲網を敷いている最中だ。民に被害があってはいけない」

「そうですか…。サスケさんは、任務に戻られて下さい」

「すまないがそうさせてもらう………いや。その顔は、何か心當たりがあるんだね？」

さすがは暗部。隠せないか。

「心當たりがあります。ただ、自信はないので、無駄骨に終わるかもしれません。だから、ボク獨りで行ってみます」

「闇雲に捜すより、俺は君とこう。奴は君に執心している」

「では、急ぎます」

ボクと闘いたいのなら、彼処にいるかもしれない。

★

サスケさんと共に駆けてきたのは、「此処で待っていろ」と告げた奴らのアジト。

到著するなりドアノブに手をかけ、中にる。サスケさんはボクに追従する形。

「はははっ！予想以上に來るのが早いな！俺もさっき著いたばかりだ」

大部屋にると、窓から差し込む月明かりに照らされるキーチが、ふてぶてしく椅子に座っていた。

「律儀に戻ってきたのか」

「そりゃあ、不完全燃焼だったからな！お前に虛仮にされて、一度は負けを認めた。…けど、やっぱり腹が立ってなぁ！」

「懲りない奴だ」

「何言ってんだ？懲りるような人間が、犯罪者になるわけないだろ。懲りないから悪事を続けられる。一種の才能だ。違うか？」

「言いたいことは理解できるが、気持ちは理解できない」

それがコイツの理屈であることだけ理解した。

「お前は犯罪者に向いてる。俺と組んでみないか？悪いことってのは面白い。猛犬と猛貓コンビで名を売るのはどうだ？」

「あり得ないことを言ってどうする」

「有りか無しかは、お前次第だろ」

「じゃあ、今から何をする？犬と貓で仲良く遊ぶつもりか？」

「…ったく、どこまでもつれない貓だ。大、猛貓ってなんだよ！」

「それはこっちの臺詞だ」

「…今度こそ、きっちり殺してやる…！！俺の勲章になりやがれ！」

高速で毆りかかってきたキーチの拳を『強化盾』で防ぐ。一戦目と比べてきが格段に速く、威力も上がっているようだ。

纏う力には変化がない。なのに何故？

「マジでい障壁だ…。だがなぁ、何でも防げると思うなよっ！！」

け止めた部分にヒビがり、障壁は見事に砕け散る。

「オッラァァ！」

追撃は冷靜に見切って躱し、大きく距離をとった。至近距離で攻撃を躱した時に、あることを確信する。

今の力は…。そういうことか…。

「お前みたいな魔導師を殺したってのは、一生自慢できる。今まで何十人と殺してきたが、歯ごたえがない奴ばかりで、つまらなくてなぁ。こんなに興するのは、初めての経験だぜ！」

暗闇でもはっきり見える。コイツの力の源。

「底辺の魔法使いを相手に、人殺しを自慢するとは威勢が良い。お前は、闘がやりたいと言ったんだろ？」

「あぁ。けてくれよ。お前を殺せば気分は爽快。あとはこの國から逃げ切って、見事に無罪放免ってわけだ！軽くやってみせるぜ！」

「それがお前の理屈か…。なら、闘をけてやる」

「そうこなくっちゃなぁ！！一息に殺してやる！」

歪んだ笑みを浮かべる猛犬。

直線的に迫り來るキーチは、マードックやリオンさんのように剛力なわけじゃない。

マルコの気功に類似した力を纏っているけれど、障壁を砕いた力は別。同じ力をさっきも纏っていた。

殺すと言い切る自信の源は……この男の最大の特徴にある。

手を翳して詠唱する。

『解呪』

目に見えて接近するスピードが落ちた。

「…気付いたか！！獣人のくせに、何でも知ってやがる！！」

猛犬の中に刻まれた刺青は、罪人の証でもただの裝飾でもなく、施された呪の痕。効果は定かではないけど、おそらく強化と対魔法力の向上。

打撃を放っているとき、魔力のように微かに揺らめいた。ボクの魔法でも、完全に解呪できなくとも効果を減退させることはできる。

約束通りこの場所に來た理由には、暗い場所にい込み、刺青を視認できなくする狙いもあっただろう。

使える時間や回數に制約がある奧の手だと推測できる。何故なら、呪による能力強化は諸刃の剣で、相応の代償を支払う必要があるから。

呪を學んだ甲斐があった。

今が本気中の本気であっても、種明かしは終わりだ。種がバレた手品は、二度と純粋に楽しめない。

所詮、呪による強化は技能や魔法とは違う。積み上げられた地力ではなく、怠け者が広げた大風呂敷。つまり、破れやすいもの。

「ドラァァァ！！」

力ない拳を左手で発現した『強化盾』でけ止めながら、右掌をキーチに翳す。

『火焔』

「ぐおっ！？ぐうぅぅっ…！！おああ！！」

直撃したのに、耐えきられた。

「この…化け貓野郎…！！」

「人間のくせに、よく耐えられたな」

右掌に天井に屆かんばかりの炎を発現させる。

「…はははっ！今のも手加減してたのかよ！…ったく、ケンカを売った相手が悪かった。こっそり逃亡するのが正解だったか」

「騒がしいお前にできると思えない」

「まぁな。祭りは派手だが、終わりってのはいつも呆気ない…ってな。あの世で會えたら、またやろうぜ！」

「斷る。獨りで踴れ」

『火焔』をぶつける。

「………ぐあぁぁぁぁっ…！！」

魔力が霧散したあと、キーチの姿は跡形も無く消え失せていた。

ボクは処刑人ではないけれど、これで本だろう。闘で敗北した犯罪者には、死あるのみ。を以て達したのだから。

後ろに控えて靜観してくれていたサスケさんに聲をかける。

「終わりました。柄を引き渡すことができなくてすみません」

「…構わないさ。この闘いをんだのは奴だ。民に被害が出る前に、食い止めてくれてありがとう」

「禮なんて必要ないです。恐ですが、逃走犯が死亡した旨を伝えて頂けませんか？捜索中の皆さんも、ゆっくり休めます」

「そうさせてもらう」

サスケさんと別れて、テラさんの家に帰ると、皆は変わらず居間にいた。

「遅かったですね」

「し長い話になってしまいました」

「ドナも寢てしまったわよ」

ドナはリリサイドに抱かれて眠ってる。幸せそうな寢顔も、小さな頃のサマラっぽい。

「き回ってたからね。そろそろ森に帰ろうか」

「そうしましょうか」

「また、そんな水くさいことを！泊まっていけばいいじゃないですか！」

「気持ちは嬉しいんですが、３人は多すぎませんか？」

「５人も８人も変わりませんって！」

「そう言ってもらえるなら…」

「テラ。私達も泊まっていいの？」

「もちろんです！もう友達でしょう！」

「ありがとう。それなら、私とカリーとルビーは居間で寢るわ。ドナも一緒にね」

「それは、キツくないか？」

リリサイドが馬に変すれば大丈夫だろうけど。

「に比べたら、床があるだけ上等過ぎるくらいよ。馬が勢揃いで寢るの。いいでしょ？」

「ヒヒン！」

どうやら、カリーとルビーもそれで良さそう。

「テラさん。お世話になります」

「何日でもどうぞ♪ウォルトさんはダナンさんと寢てくださいね。それとも…」

「ダナンさんと寢ます。それは、もう間違いなく。寢ないという選択肢はありません」

「最後まで言わせて下さいよ！」

今日は気疲れしたから、正直助かる。力や魔力は全然だけど、気分が怠い。

「お風呂も湧かし直して、ゆっくり休んでくださいね」

「ありがとうございます」

お風呂を借りようと思ったところで、魔伝送が震えた。リスティアだ。

家の外に出て話す。

『ウォルト、お疲れ様！』

「リスティアこそお疲れ様。後始末が大変だったんじゃないか？」

『全然。今回の件に関しては、後からお父様に説明して、納得してもらったからスムーズにいったよ』

「上手いこと改竄して？」

『ほぼ事実を伝えてる。良心的な改竄はしてるけどね』

余計な白貓の存在を省く必要があるもんな。でも、有り難い。

「怒られなかったかい？」

『勝手に暗部をかしたのも、バレるのはわかってたの。でも、理由が理由だから責められなかった。「直ぐに報告しろ」とは言われたけど、「暇が無かった」で押し通したよ。別件で忙しそうにしてたし、初が遅れるからね』

「そっか」

『暗部の報告を聞いたけど、走した刺青の男を倒したのはウォルトでしょ？』

やっぱりバレるか。

「奴だけは生かせなかった。闘を申し込まれて、ボクはけたから。殺すつもりで來る者に、慈悲をかけられない」

『気にしないで。私のワガママを、最大限聞いてもらった。ウォルトは怪我しなかったの？』

「怪我はないよ。ボクは弱いけど、安易な力に頼るアイツには負ける気がしなかった」

『そっか。鍛錬が足りなかったわけだね』

アリューシセの傭兵もそうだけど、地力を鍛える必要を反面教師として教わった。引き出しも増やす必要があると。

安易な強化手段である薬や呪に頼れば、生命線を絶たれただけで窮地に陥る。

「リスティア」

『なぁに？』

「急だったのに、直ぐにいてくれてありがとう。本當に助かった」

『水くさいよ！民を救ってくれて、お禮を言いたいのはこっちだし、言っとくけど全然足りてないんだからね！』

「何が？」

『こっちの話だよ』

水くさいと言うけど、やっぱり謝しかない。報をくれたのもそうだけど、何かをやらかすことは簡単で、後始末の方が數倍大変だから。

その後もしだけ會話して通話を切った。

殘った輩について、「カネルラで報いをけることになる」とリスティアは言った。自分に決定権はなくとも、未來が見えているんだろう。

★

「シノさん。俺が間違っていました」

「何の話だ…？」

サスケに「話があるので、しだけ時間を下さい」と詰所の個室に呼び出された。

容はわかりっているが。

「今日発生したバーレーン家の拐事件について、彼の世話役に俺を付けたのは、理解させる狙いがあったんですね」

「何を理解した…？」

「彼が…如何に危険な存在であるかです」

「お前は…どうじた…？」

「彼の格は元より、手合わせして実力もよく知っている……つもりでした。全て崩れ去りました」

「お前は…確かに知っている…。ただし…アイツの一面だけだ…」

ウォルトを優しく謙虛な友人だと思っている。それが、サスケの目を曇らせていた原因。

「彼が灰燼に帰した男は、アヴェステノウルの『猛犬』と呼ばれる犯罪者キーチです。國際的な犯罪者リストに載り、兇悪な強さを誇ると云われている男を……赤子の手を捻るように抹殺しました」

「しかも…本気ではなかった…か？」

「はい。俺が知っている力は片鱗であることと、敵であると判斷した者に一切容赦しないことを知りました。勘違いだったと猛省しています」

「如何に優男に見えようとも…それが獣人の本質だ…。忘れるな…」

気付いたのなら、著させた甲斐があるというもの。

今回捕縛した者達が生きているのは、おそらく王様の要。犯人共に最低限の治療を施していたのは、辛うじて怒りを制した結果に過ぎない。

「手段を選ばないとはいえ、短時間で問題を解決する思考や行力。脅威としか表現のしようがなく、姿や記憶すら消し去る魔法。そして、冷徹で強固な意志。暗部に向いていると言わざるを得ません。けれど…」

「けれど…なんだ…？」

「俺達を敵と認識したならば、間違いなく脅威になります」

「お前は…どうする…？友人でいるつもりか…？それとも…不可(アンタッチャブル)とみなすか…？」

サスケは覆面の中で笑う。

「俺は信頼して付き合います。シノさんに反対されようと、友人としての縁を切るつもりはありません」

「反対などしない…。が…履き違えるなよ…」

「俺は暗部の副長です」

「ならばいい…」

「あと、シノさんと彼の再戦は斷固阻止させて頂きます」

「なぜそうなる…？」

「ろくなことにならない未來しか見えません。それと、後始末がとんでもなく面倒くさそうなので」

サスケは頭を下げて去った。