《モフモフの魔導師》516 帰れ!帰らない!
「じゃあね!」
「うん。また」
ハピー達と雑談しながら住み家で畑仕事をこなしていると、突然知らない者達が現れた。蟲人達は直ぐに退避する。
なにやら著飾ったお婆さんと、お付きの者らしき男達。森に似つかわしくない風貌。
「ちょっと貴方。この辺りで、エルフの隠れ里なんてご存知ない?」
「知らないです」
知ってるけど、教えたら隠れ里の意味がない。おかしなことを言う人だ。
「あら、そう。いいところに家があった。ちょっと中で休憩していいかしら?」
「お斷りします」
なんで見ず知らずの人間達を休ませなきゃならないんだ?こちらからったのならまだしも、意味がわからない。
「あら。そんなこと言っていいのかしら?私(わたくし)はシャルロッテ=ファルフィ。貴族なのよ?」
「そうですか。どうぞお帰りください」
「まっ!なんて無禮なっ…!!」
「それは貴でしょう」
とりあえず無視して畑仕事を続けよう。
森には、ごく稀にこういう輩が現れる。目的不明で、道楽で森に來たような連中が。相手にするほど暇じゃない。
「獣人のくせに…偉そうな口を叩くじゃない!こんな家なんて、私の権力を使えば直ぐにぺちゃんこ…」
「なんだと…?」
「ひぃっ…!!」
香水臭い貴族の前に立つ。鼻が曲がりそうだ。
「もう一度言ってみろ。獣人が何だ?文句があるのか?」
格のいい男達がボクの両脇に立つ。
雰囲気からすると、雇われた護衛か。けれど、冒険者ではない。雰囲気が異なる。
「な、なによ!アンタ達!この無禮者に、の程を教えてやるのよ!!貴族を怒らせた報いを與えてっ!」
何故そうなるのか理解不能。
男達に目をやると、どうやら命令を聞く気があるようだ。
「おい、貓人。奧方様に向かって、口の利き方がなってないな……がっはぁっ…!」
「お、おい!」
右に立つ男を『発勁』で吹き飛ばすと、木にぶち當たって倒れた。
「口の利き方…?笑わせるな。失禮極まりないのは、お前らだろう」
驚く殘された男を見て嗤う。
「お前も來るのか?」
「この…ふざけた獣人がぁ……ごばぁっ!!」
毆りかかってきたので、同じく『発勁』で吹き飛ばす。獣人の力を試すのに丁度いい実験臺。吹き飛んだけれど、かなり手加減しているし、目を回しているだけで死んではいない。
ガタガタ震える貴族とやらに目をやる。
「貴族は、この狀況をどう切り抜けるのかご教示願おうか」
「ひぃぃっ!!お願いっ!命は助けてっ!!」
手を合わせ、大袈裟に懇願する。
「…何の目的で森に來たのか知らないが、お前のような者を休ませる場所はない。わかったら失せろ」
無抵抗の年寄りを、毆り倒す気にはならない。
過去の失敗を教訓に、『人の事を聞く』というスタンスをとりたいと常々思っているけど、初めから禮儀を欠くような奴の話を聞くほどお人好しじゃない。
無視して畑を耕し始めても、自稱貴族とやらは何処かへ行く気配がない。呆けたように座り込んで、綺麗な裝を汚している。
耕し終えて、休憩するために住み家にろうとして話しかけられた。
「あ、貴方に…お願いがあるの…」
無視していたのに、蚊の鳴くような聲が耳に屆いてしまった。
ふぅ…と息を吐いて向き直る。
「お願いとは何ですか?」
「あ、あの…。トイレを貸して下さらないかしら…?」
「家のにみだりにれないと約束してもらえるなら構いません」
普通にお願いされたら斷らない。できるなら初めからやればいいのに。
「あ、ありがとう…」
招きれてトイレを教える。
出てくると、ペコリと頭を下げて外へ向かった。背中の曲がった後ろ姿は、現れたときと違って哀愁が漂う。
著飾った元気のないお婆さんにしか見えない。
ふぅ……。
「シャルロッテさん。しいいですか?」
ビクッ!として立ち止まる。
「なにかしら…?」
「貴は、なぜエルフの隠れ里を探してるんですか?」
「…関係ないでしょう」
「そうですね。では、お帰り下さい」
聞いたボクが馬鹿だった。ゆっくりお茶を飲むとしよう。
「…ちょっとお待ちなさい!!」
「何でしょう?」
「ここは、『そう言わずに教えてください』と追求するところでしょう!」
「言いたくないことを聞き出す気はないです」
「それでも聞くのよ!そうすれば答えるのに!」
どんな理屈なんだ?ボクが『どうしても聞きたい』という態度を示せということか?
「あのですね…貴の趣味に付き合ってられないです」
「しゅ、趣味ですって?!」
「語の読み過ぎでは?世の誰もが貴族にびへつらうわけではなく、親切にするわけでもありません。貴が思い描くようにきませんよ」
「なんて口を…!これだから教養のない…」
「「獣人は!」と口にしますか?言っておきますが、貴がだからといって容赦しませんよ」
獣人を蔑む発言をされたら、相手は老若男関係ない。高圧的であればあるほど頭にくる。
そもそも、現在のカネルラの貴族は、建國當初は封建制だったカネルラの統治者の末裔でしかない。祖先の貢獻を認められ、尊敬される存在だとボクは認識している。
立志からの繋がりを生かし、現代でも族が繁栄を続けて、未だに権力を保持していたとしても一切興味はない。昔、統治していたからって何だっていうんだ。
「…この私を…恐喝する気なの?!」
「そんなことしません。事実を告げているだけです。貴に脅すような価値があるとも思いません」
「何て言い草なの…!」
この人とは相容れそうにないな。
事も教えてくれなそうだし、これ以上は相手にするだけ時間の無駄。
「どうぞ外へ。ゆっくりお帰りください」
「後悔するわよ!!」
「後悔?ボクがですか?」
「貴方以外に誰がいるのよ!」
そんなわけない………いや、待てよ…。
「確かに後悔してます…。初めから、貴達を無視すればよかったんですね…」
今、そのことに気付いた。ボクは…既に後悔していたんだ。ハッキリ斷って、苛立つことなく冷靜に無視し続ければ起きなかった。
半分は自分の未さが招いた事態で、全てがこの人達のせいじゃない。カルマのようなものだ。
「何でそうなるの?!分からず屋ね!」
「スッキリしました。では、お帰りください」
徹底的に斷り、徹底的に無視する。獣人らしく徹底的に、が肝腎なんだ。というわけで、徹底的に帰そう。
「直ぐに帰そうとしすぎじゃないの?!」
「これ以上後悔したくないんです。そのためには、帰って頂く必要があるので」
「話を聞けば、良い思いができるかもしれないのよ!」
「興味無いです。一応聞きますが、森に住んでる者にできる良い思いって何ですか?」
「そ、それは……々よっ!!此処では手にらない報酬があるわっ!!」
「つまり、無いんですね?お帰りください」
適當なことを言っても誤魔化されない。
「わ、私はパナケアを探しているのよ!だから、エルフを探している!森に住んでいるエルフなら、生る場所を知っていると聞いたから!」
「パナケアを?何故?」
「貴方に言っても無駄でしょ!知りもしないのに!」
支離滅裂だ。言いたくないのなら、最後まで黙っていればいいのに。
「無駄なら帰るしかありませんね。どうぞどうぞ」
即刻お引き取り願うため、とりあえず背中を押してみる。見た目通り軽い。まるで枯れ枝のよう。
「ちょ、ちょっとお待ちなさい!」
「どうしました?抱えて外に放り出しましょうか?」
「なんて野蠻な!!」
「言が野蠻なのは、貴の方だと思いますよ。いくら言っても帰らないから、仕方ないんです。できるなら、靜かにお引き取り願いたいんですが」
怒りもほぼ治まった。帰ってもらうなら今だ。
「くっ…!こうなったら話すわ!パナケアは…病気の治療に必要なの!」
何がこうなったらなのか…。今さら言わなくてよかったのに。
とりあえず、押し出すのをやめる。
「患者はどなたですか?」
「夫よ!バンデッド=ファルフィが病気に罹患したから、薬が必要なの!」
「何の病気に罹患されたんですか?」
「ドナティ病よ!ご存知?!」
ドナティ病は、が急に衰えて進行する毎にけなくなる難病。高齢者に罹患者が多く、処置が遅れるほどに大きな後癥が殘る。
そのくらいはボクでも知っている。薬の調合法も。
「パナケアが必要な理由はわかりました。ですが、貴族なら街でも手できますよね?希なだけで、お金を積めば手にる素材です」
「買おうにも、現狀流通していないのよ。王都やフクーベの大きな商會ですら、今は手できないと言われたの!待ってられないわ!」
ドナティ病の進行を抑えるのは早い方が良い。それは間違いない。
「それで、直接譲ってもらうために、貴が森に來たと言うんですか?」
「そうよ!エルフは気難しいと聞いてる!私なら、対等に話せるわ!」
「なるほど」
自分は貴族という高い地位にあり、エルフですら対等に會話せざるを得ない……なんて考えは通用しないと思う。
「さぁ、全て話したわ。一何だというの?!」
「パナケアを差し上げます」
「何ですって…?」
「ちょっと待ってて下さい」
調合室に向かい、キャミィからもらったパナケアの一枝を差し出す。
「どうぞ」
「…これがパナケア…?本だという証拠は?」
「ボクが証明する必要はありません。これは取引ではないので」
「希な素材を…タダで譲ると言うの?とても信じられない…」
「信じるかは貴次第です。そもそも、判別できないのに森に來たんですか?」
「うっ…」
「エルフに會えたとしても、もし騙されて毒草を渡されたらどうするんですか?旦那さんは危険にさらされます。せめて、専門家を連れてくるべきです」
「………」
シャルロッテさんは黙り込んでしまった。
別に責めるつもりじゃない。騙されたとしても、調合する前に薬師が気付くだろう。けれど、大切な人の命がかかっているのに、思考が淺はか過ぎる。
ただ…何の知識も持たず、獨りでは何もできないとしても、自ら森へ足を運んだ熱意は確かで、夫を助けたいという気概をじたから、ボクは素材を渡す。
本だと信じなくても構わない。途中で捨てようと、売り捌こうと彼の自由。これで、ボクは気が済む。
「ボクからもらったということはにお願いします。別に守らなくても構いませんが」
また當てにされても困る。
外に出て、気持ちよさそうにのびている護衛を起こすと、どうやら絡んでくる気はなさそうなので安心した。
貴婦人と男達は、パナケアを手にフクーベの方角へと帰っていく。その心中は、ボクには計れない。
★
十日ほど経ったある日のこと。
再びシャルロッテさんと護衛達が住み家に現れた。今日はきやすい格好で、香水の臭いも薄い。
目が合うなり、いきなり頭を下げた。
「貴方に頂いたパナケアのおかげで…夫は順調に回復しています…。本當に…ありがとう…」
「それは良かったです」
「直接お禮を伝えたくて來たの」
「大袈裟です。何もしてません」
「そう言わず、禮をけ取ってもらえないかしら」
皮袋を差し出される。
「お禮はけ取るのが禮儀だ」と、んな人から繰り返し叱られているので、とりあえず中を確認してみると、寶石が幾つかっている。
「では……有り難く頂きます」
「どうぞ…………えっ?!」
中の寶石を取り出してシャルロッテさんに手渡し、皮袋だけ手元に殘す。
「これは立派なモノですね」
見事な作りで何にでも使えそう。これは職人の仕事。これでももらいすぎだけど、け取ったのだから納得してくれるはず。
「これは寶石よ…?お金にすれば良い金額になるわ…」
「それくらい知っています。でも、必要ないので」
「貴方は…がないのね」
「はありますが、寶石やお金は必要ないです。どちらを貰うか天秤にかけたら、絶対にこっちが良い。この袋は丈夫なので、森では寶石の何倍も価値があります」
シャルロッテさんは目を見開いて笑うけど、ボクは真剣に答えてる。
「あっはっは!…愉快だわ。私は、やっぱり淺はかね…。まともにお禮もできない貴族様…」
「お禮し足りないんですか?それなら、ボクが此処に住んでいることをにして下さい。それでお禮になります」
これでどうだ。もう充分のはず。
「わかったわ。でも、寶石をけ取ってもらえないと、私がバンデッドに叱られてしまう…。彼は、パナケアをくれた貴方に、心から謝しているから…」
高価なを渡すことが、必ずしもお禮にはならないと思うけど、貴族らしい思考だと思えた。
「では、匿名でフクーベの孤児院に寄付して頂けませんか?」
「頑なにけ取らないのね。貴方が貰って寄付すればいいじゃないの」
「ボクが寶石を寄付しても、孤児院の方を混させてしまいます。竊盜を疑われかねませんし」
「ふふっ。そんなことはないと思う」
寶石ではなく、魔石ならけ取った。寶石は、ボクがもらっても寶の持ち腐れだ。魔道の素材に使えたりするんだけど、あまり需要はない。
「貴方の言う通り、孤児院に寄付すると約束します。改めて…今回はありがとう」
「いえ」
これで、もう二度と會うこともない。
病気が快方に向かっているのも、薬師や醫師達の努力。シャルロッテさんの努力でもあり、何より素材をくれたキャミィのおかげ。
おそらく、貴族のプライドだけでわざわざ足を運んでくれた。返禮も無しでは、噂が立ったとき恥をかくと思っての行だろう。
「貴方は、この場所と貴方自のことをにしろと仰ったけれど、約束を守れば私と友人になって頂けるかしら?」
「えっ?何故ですか?」
「だって、貴方は面白いんだもの」
「珍獣扱いならお斷りします。お帰り下さい」
両肩を軽く摑み、くるっと振り向かせて背中を押す。
「そ、そういう意味じゃないの!相手が貴族であろうと、自由な言がブレない!そんな者に會ったのが初めてで、腹を割った會話も新鮮だったのよ!」
「だから何ですか?獣人は、皆そんなじです」
軽いからぐいぐい進むなぁ。
「お待ちなさいっ!!友人になれそうだとじた!だって、対等に話さないと怒るんだもの!それって、友人の関係でしょう!?」
「違います。誰だって普通に話したいのに、できなくしてるのは貴達です。「普通に話せ」という一言で済むのに」
押すのをやめると、シャルロッテさんはこちらに向き直った。
「貴族には、そうもいかない事があるの。やっぱり、私と友人になんてなりたくない…?」
「友人になるのは構いませんが、ボクは貴を特別扱いしません。他の友人と同じように扱います」
「それで構わない。というわけで、よろしいのね?」
「はい。ただ、を守らなかったり、何かおかしいとじた場合は、即刻縁を切らせて頂きます」
この人のことを知らなすぎる。直ぐに信用することなんてできない。
唯一わかっているのは、夫を心配するような妻であるということだけ。あと、お婆ちゃんなのに基本的に騒がしいこと。
「それでいいわ。こちらの二人も口は堅いの。心配いらないわ」
コクリと頷く護衛の二人。勿論信用してない。
「因みに、バンデッドさんにも緒ですよ」
「それは……かなり難しいわね」
「であれば、やめておきましょう。友人になる話は無しということで。ささ、お帰り下さい。足下に気をつけて」
再び背中を押して家から遠ざける。やっぱり軽い。
「ちょ、お待ちなさい!約束します!バンデッドにも、決して言いません!それならいいのねっ?!」
「言質取りましたよ。その言葉、忘れないようお願いします」
ここまで言われたら、ちょっと付き合ってみたいと思えた。
「そんなに居場所や存在を知られたくないなんて…貴方、もしかして犯罪者なの…?」
「違います。ただの森に住む貓人で、前科はありません。此処でひっそり暮らしたいだけです」
「ところで、大事なことを聞き忘れていたわ。貴方のお名前は?」
「ウォルトです」
「良い名前ね」
「初めて言われました」
「カネルラの言葉ではないけれど、ウォルトという言葉には、【機知に富み、知恵を持つ者】という意味がある」
「完全に名前負けですね」
參ったな…。外國人と話す時は気をつけないと。そんな機會、まず無いけど。
でも、両親が祈りを込めて付けてくれた名前だから、ボクは凄く気にってる。
まてよ…。そういえば、名付け親は誰なのか聞いたことがない。両親じゃなく、じいちゃんかばあちゃんの可能もあるな。
「この歳で新たな友人に出會えたなんて、浮き足立ってしまうわ」
「お近づきの印に、中でお茶でも如何ですか?護衛の方もどうぞ」
「お邪魔しましょう」
お茶を淹れてもてなすと、「…味しい!この茶葉を譲って頂戴!」と言われ、袋の禮も兼ねて譲ることにした。
お茶には満足した様子で、「また遊びにくるわ」と言い殘して森を去ったけど、シャルロッテさんはどこまで本気なんだろう?
旦那さんに目的を告げず、の森へ遊びに來るのは、まず無理だと思う。思考が読めな過ぎて困る。
とりあえず、奇妙な縁でほんのし友関係が広がったのは確か。
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