《愚者のフライングダンジョン》124 契約

一旦落ち著いて整理するために、椅子とテーブルを配置し直す。

「とりあえず座れ。飲みながら話そう」

何を言い出すかと思えば、俺の妻になりたいだと?

結婚とは、お互いの同意があって立する契約だ。それを全く別の契約で強制していいのか?

「先に言っとくが、俺の嫁だからって殺さない理由にはならんからな?」

「もちろんに訴えるつもりは無いよ。結婚するのは、契約の裏技を使うためさ」

「裏技?」

「そう。キガルちゃんがプルモートと結婚するときに『契約』の魔法を使ったんだけど、そのときに偶然ペナルティのを発見したんだ」

冥界で発見された世界のバグか。天使の力の範囲外だ。真偽不確かな報を出してきやがって。基本的にマナガス神は噓をつかないが、それは上位存在としての自信と慢心があるからだ。目の前のこいつは、戦わずして負けを認めた元人間。俺を欺く機もある。どこまで信じていいものか。

「神様がバグを殘したままにするなんて思えんが」

「疑うなら、キガルちゃんの魂を読めばいいよ」

キガルは今もそこにいる。音とを失いながらも落ち著いていて、その場で四つん這いになっていた。もしかしたら、放置プレイとでも思っているのかもしれない。実際、放置しているし間違っていないが、知らぬ間に好度が上がっていそうで後が怖い。

「言われなくてもそうする。話を聞かせろ」

「これから妻になるの言葉なんだから、もっと信用してもいいのにさ」

「つまらんジョークだ」

「ふふっ。ごめんね。キガルちゃんはね。今のボクと同じように求婚したのさ。プルモートはそれをけて、キガルちゃんの全財産を持ってっちゃった。それで何年か後、離婚したんだけど。そのとき問題が発生したんだ。いや、違うね。プルモートにペナルティが発生しなかったんだ」

「確か、別れを切り出したのはプルモートだったな」

「そう。先に契約を破ったのはプルモートのほう。でも、ペナルティが始まらなかった。しかもね。キガルちゃんが離婚を認めたとき、キガルちゃんにだけペナルティが発生したんだ」

「ちなみに、どんなペナルティだったんだ?」

「痛みが快になるペナルティだよ」

キャットスーツの締め付けを楽しむキガルを見て納得する。

「そいつのドM質は後天的なものだったのか」

「ううん。天のものだよ。軽めのペナルティにしただけさ」

納得して損した。あいつはただの変態だ。

「そういうわけでね。契約を強制する要求を『契約』の中に盛り込むと、本來お互いに課せられるはずのペナルティが片方に集中することがわかったんだ。これならキミにデメリットは無いよ。どう? 契約する気になったかな?」

契約に契約を盛り込むことがバグの発生條件なら、他の要求でもいいはずなのに、どうして結婚を選んだのか不思議だった。なるほど再現を優先したんだな。

一応、事実を確かめるため、自に『存在消失』を掛け、キガルの魂を読みにいく。

キガルの全てを読もうとすれば、長い時間が必要になる。だが特定の記憶であれば、それほど時間はかからないはずだ。

読んでみたところ、ヤミーは噓を吐いていないとわかった。

振り返ると、ヤミーが不安そうに周囲を見回していた。俺が消えたことにより、ヤミーの『業眼』が途切れたらしい。元の地味系に戻っていた。

再び目の前に現れてやると、ヤミーの雰囲気が急に変わった。

「確認し終えたみたいだね。ボクが言ったことは全部本當だったでしょ?」

「ああ。本當だった。おめぇ命乞いが上手やな」

「よかった。それじゃあ、答えを聞かせてしいな。ボクと契約して夫になってくれる?」

「先にペナルティを決めようぜ」

「もう考えてあるでしょ。キミの考えている通りでいいよ」

「おいおい、キャッチボールは終わりかよ」

「だって、話し合ってもペナルティだけは譲らないと思うし。ボクもキミの考えに賛だから」

「ほんじゃあ、決めさせてもらう。契約を破った場合のペナルティは、『地獄の底から出られなくなる』だ」

もし契約が破られても、この容ならヤミーを逃がさない。

「あれ……。さっきまで楽園でいいか、って考えてたよね。地獄の底になってるけど……」

「別に何処でもええやろ」

「それはそうだけど……」

おいおい、表が曇ったぞ。契約を破らなければ良いだけの話だろ。不安にさせてくれるな。

「キミって嫌なヤツだね」

嫌なヤツと言われてもしょうがない。地獄の底にした理由は特にないからだ。敢えて理由をつけるなら、やっぱり嫌がらせだろうか。

「ほんじゃあ、結婚やめようか」

「冗談だよ。怒んないで。はやく結婚しよ」

「そうやな。斷る理由もない」

「やったー!」

これで四度目の結婚か。妻を三人持つなんて、男なら嬉しいはずなのに。なんだろう。この気持ちは。未知のが嬉しさを上回る。なんだこれは。

「どうしたの?」

「いや、なんでもない。気にしても何も言うな」

「ふーん……」

「無理矢理とはいえ、結婚なんだし、贈り無しなのはカッコ悪い」

マナガス神に指を贈る文化はない。素材が貧弱すぎて、簡単に失われるからだ。過去にアクセサリーを送ったマナガス神もいたが、それが理由で破局した。

俺はそんなミスをしない。魔法金屬で指を作る。もちろんスキルも魔力も付けない。ただ頑丈なだけの指だ。

「エンゲージリングだ。お返しはいらん。おめぇには作れんからな」

「わぁ、立派。け取っていいの?」

「嵌めてやろう」

テーブルに置かれたヤミーの手を取り、細い指に手をかけた瞬間、ヤミーの手が引かれた。

「ちょっと待って」

「なんだ? 気が変わったのか?」

「ううん。そうじゃない。結婚する前に、キガルちゃんの拘束をちょっとだけ緩めてしいんだ」

は? この暴者の拘束を緩める???

「なんでよ?」

「キガルちゃんにさ。ボクらが結婚するところを見てもらいたいんだよね」

ほほー、略奪を見せつけるわけですか。

「ついさっき俺に嫌なヤツって言ったけど、そっくりそのままおめぇに返すぜ」

ヤミーは一瞬とぼけた表になると、何かに気づいて慌て始めた。

「勘違いしないでよ! 変な意味じゃないからね!」

「いい、いい、取り繕わんでいい。そいつがどんな反応をするのか俺も気になる」

「だから違うってば。ボクらの関係を隠し通すのは無理だから、キミが居る時にバラした方が安全だと思ったんだよ」

俺に守ってもらおうって魂膽だったか。それはそれで嫌なヤツだとは思うが、今は利用されてやる。こいつに死なれると俺が困るからな。

「ん゛んーーー!」

キャットスーツの目隠しを取り、『靜寂』を解くと、キガルがこっちを見た。さっきまで大人しかったのに、こっちを見るや否や猛獣のような唸り聲をあげ始めた。

「ゔぅー! ゔうううーー!」

「さて、ほんじゃあ契約の準備を始めようか」

「うん」

突然、地面から魔法陣が浮かび上がり、俺たち二人を包み込んだ。先を越されたらしい。遅れて俺も【契約】を発させる。

「【契約】する。俺の要求は『冥界の封鎖に協力し、俺の出りを自由にすること』。ペナルティは『地獄の底から出不可能になる』」

「【契約】。ボクの要求は『夫婦の契りを結ぶこと』。ペナルティに同意する」

重なった二つの魔法陣がり輝く。互いに要求を出し切ったことを示す合図だ。ここに名を連ねることで契約が立する。

「俺の要求に応えることを誓うか?」

「ヤミーの名において誓います。ボクの夫になることを誓いますか?」

「天道ケーの名において誓う」

次の瞬間、互いのから半明の鎖がび、固く絡まり合った。これで契約立だ。

「夫婦の契りを結ぼう」

「ああ」

ひざまずいてヤミーの左手を取り、薬指に指を近づける。

「ン゛ンンンンンンゥゥゥ!!!」

聲がした方を見てみると、キガルが噛み砕かんとばかりにボールギャグを食いしばっていた。顔の筋が異常な速度で震えており、キャットスーツの隙間から大量のが吹き出ている。スーツの側で暴れているのだろう。固めておいて正解だった。

改めてヤミーの方を見る。ヤミーもキガルの方を見ていた。

ニヤけている。勝ち誇るような笑みを浮かべていた。

やっぱり嫌なヤツじゃねーか。俺から目を逸らすなんて、気が緩みすぎだしよ。

「冷靜に考えると、俺がプロポーズするのはおかしな話よな」

「まぁ、そうだね。ちゃちゃっと嵌めて、誓いのキスをしよう」

それがプロポーズの言葉かよ。そりゃあ、命乞いの末の結婚だけどさ。いくらなんでもテキトーすぎやしないか。

「もう契約は立したよな。そんな態度を続けるなら地獄の底に行ってもらうが」

「ごめんね。ちゃんとするから怒らないでよ」

今度はヤミーがひざまずく。俺を立たせて、左手の薬指を差し出してきた。

「これからの人生をボクと一緒に歩んでください」

「歩めるわけねーだろ。そこまで真剣にやれとは言ってない。……けど、まぁ、そんなもんでいいか」

ヤミーの左手薬指に指をつける。

すると、ヤミーは立ち上がり、俺の手を取った。

「指換するものでしょ。でも、同じのは作れないし、ボクからは印を贈るよ」

そう言って、俺の左手に何かしようとした。まさか、呪いをかけるつもりなんじゃ。

「やめろ! 何する気だ!」

「ダメだよ。こういうのはちゃんとしないと」

は? 俺に指図したのか?

「あんま調子乗んなよ。俺とおめぇは対等じゃねぇぞ」

「対等じゃないって。そんな冷たいこと言わないでよ。ボクらは夫婦じゃないか。もっと仲良くしようよ。じゃないと……」

「『じゃないと』なんなんだよ」

「【契約違反】になるよ」

「むっ?」

背中が引っ張られる。いきなりなんだ? 背後には誰もいない。魔力も知できない。見えない力に引っ張られているらしい。

ただ、弱々しい。この程度の力では俺をかすこともできない。

「契約違反だぁ? なんかトリックがあるんだろ。こんなんで脅してるつもりか?」

「脅しじゃないよ。キミにペナルティが発生してる。極娯楽神様がキミの振る舞いを契約違反と判斷したのさ」

「はっ! だとしたら、俺に噓をついたってわけか。神としての自覚が足りないんじゃねぇのぉ?」

「ボクは人間だからね。噓もつくさ」

契約の前にキガルの記憶を見て確認した。ペナルティ回避の裏技は確かに存在する。

「おめぇが噓をついたとしても、キガルの記憶は正しいはずや。これはいったいどういうわけだ」

「ふふっ。簡単な話さ。キミも言ったじゃないか。極娯楽神様がバグを放置するわけないって。その通りだよ」

バグが修正されたというのか。ちくしょう。ヤミーの記憶を確認すべきだったか。いや、無理だ。『業眼』が発中だと、見えるのは俺の鏡像だろう。『業眼』をコピーしても合わせ鏡になるだけ。合わせ鏡から抜け出せなくなるリスクもある。

恐ろしく神防に長けた神だ。そして心理戦も上手い。警戒していたつもりが、まんまと罠にかかってしまった。幸い致命傷には至らなかったが、契約を解除する方法がヤミーを黒紫喰いするしかない以上、冥界神を減らしたくない俺は契約を守る以外にペナルティの対策がない。これは詰みです。

時間が経つにつれ、背中を引く力が強まる。今は大丈夫だが、いずれは耐えられなくなるだろう。

大人しく左手を差し出す。

すると、ペナルティがぱったりと止んだ。

「怒らないで。キミを苦しめるつもりはないんだ。ボクはキミの味方だよ」

俺の指が七本あるからどれに印を付けるか迷っているようだ。冥界にムツキとウヅキさんの指は持ってこれない(に埋め込んでもダメだった)から目印もない。

結局、外側から四番目にあるムツキ専用のところに俺とヤミーの名前が刻印された。

さすがに現世のには反映されないよな?

もし反映されてしまったら後が怖すぎる。こいつは俺の記憶を覗いているし、絶対にわざとだ。指を九本に増やして対策するか。

「これからは夫婦仲良く暮らそうね」

これ、頷くと冥界から出られなくなったりする?

「俺には仕事があんだ。ずっと一緒にとはいかんぞ。おめぇはペットの世話でもしてろ」

キガルを指差す。最初に比べれば隨分と大人しくなっていた。俺とヤミーの関係がそれほど良好でないことを察したらしい。

「えー……。そんな扱いできないよ。ボクら友だちなんだもん。主従関係を解消してよ」

「ゔぅううーー!」

キガルは嫌がる様子を見せた。

ヤミーはそれを見てほくそ笑む。

「大事に扱わないなら、おめぇとの夫婦生活は終わりだ」

よし。離婚の話を匂わせたが、神様からの妨害はない。契約違反のラインはちゃんと決まっているようだ。超えちゃいけないラインさえ見極めておけば、ペナルティへの不安はなくなる。

「ボクとキガルちゃんのどっちが大事なの?」

「キガルは俺の家族だ。家族に優劣はつけられない。でも、もし妻がペットを大事にしないヤツだったら、俺は妻よりペットを選ぶ」

「んっんーー♡」

キガルが嬉しそうに鳴いた。

キャットスーツの拘束を解く。

「おいで」

呼んだら一目散に俺のへ飛び込んできた。

そして、キガルはヤミーを見て、勝ち誇ったように顔を歪めた。

「拘束を解くけど暴れんなよ。さっきヤミーを殺そうとしたけど、あんなことは二度とやるな。冥界神は誰も殺しちゃならんからな。もしやったらガチで捨てる。いいな?」

縦に何度も頷くのを見て、キャットスーツを収納する。その瞬間、スーツに溜まっていた全てが溢れ出し、濁ったを大量に浴びせられた。生臭くて汚いが、不快なは一切表に出さない。貓の吐瀉を片付ける時と同じ覚で、びしょ濡れのキガルを浄化した。

別荘からそのまま來たからキガルは全だ。屋ならまだしも、ここでだとみんなが困る。元々著ていた浴を著せ、首に繋いだ鎖とボールギャグを回収する。首も外そうとしたが、その手をキガルに叩かれた。

「これはキガルのなの。んないでよね」

「はいはい。お好きにどーぞ。さて、ヤミーに頼みたいことがあるんだが……」

「兄の説得だよね。わかってる。ちゃんと協力するよ」

「助かるぜ。キガルもヤミーを手伝ってくれるか?」

「やだ。天道様と一緒がいいし」

本當に言うことを聞かないなこいつ。そういうワガママなところが貓っぽい。見習いたいな。

どうやって引き離そうか言い訳を考えていたとき、遠くから蟲が飛んできた。

あれはサーベラスに渡した通信用のゴーレムだ。

のポケットから対となるゴーレムを出して信する。ゴーレムが合した後、録音の再生ボタンを押した。

『今しがた地獄の門が開かれました。現世からいらっしゃった方のようでございます。全金ピカの鎧を著用されていて、顔の特定はできませんでした。こちらへ向かって來ております。対話を持ち掛けてみますが、わたくしめに萬が一のことがあると、天道様にご迷をおかけしますので、先にご報告させていただきました』

録音が終わった。わざわざ地獄にやってくるような奴が溫厚な格とは思えない。サーベラスのが心配になる。無事だといいが。

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