《真の聖である私は追放されました。だからこの國はもう終わりです【書籍化】》210・かつての人
「……はい。これで治癒は完了しました」
かざした手を下げ、ドグラスにそう告げました。
「相変わらず、規格外の治癒魔法だな。禮を言うぞ」
「でしょう?」
ふふんっと私は得意げに言います。
「それにしても、あなたが負けるところを見るのは初めてで──」
「我は負けてなどいない!」
うっかり口をらせてしまうと、ドグラスは食い気味に聲を大にしました。
「……すまぬ。言い訳など男らしくなかったな。今日の我はおかしい。むしゃくしゃしている」
失言だと思ったのか、気まずそうに視線を逸らすドグラス。
もうこれ以上話しかけるな……そんなオーラもじました。
「さすがは聖だな。それだけ安定した魔力で、速く治癒魔法を発出來るのは、世界広しと言えども君くらいしかいないだろう」
──私とドグラスの様子を眺め、そう口にするのはファーヴ。
ファーヴはあれほど激しい戦いの後だったというのに、息切れすら起こしていません。
「いえいえ、これくらい大したことありませんから。次はあなたの番ですよ」
「俺か? 俺はそいつと違い、治癒魔法など必要ない。君が俺のために、魔力を使う必要などない」
「そういうわけにもいかないでしょう。意外と見えないところに傷を負っているかもしれませんから」
固辭するファーヴに、私は治癒魔法をかけます。
暖かいがファーヴを包む。
「終わりました」
「それにしても君は本當にお人好しだな。俺は君を攫おうとしたのだぞ?」
不可解そうにファーヴは目を細くします。
「お人好し……? 言うことはそれだけか?」
「まあまあ、ドグラス。そう意気地にならないで。ファーヴから話を聞けないかもしれないだろう?」
ナイジェルが優しくドグラスを宥める。
さっきから──というより、ファーヴに會ってから、ドグラスはどうもイライラしているようです。
「ファーヴ──早速ですが、聞かせていただけませんか? あなたがこうする理由を」
聲に真剣さを滲ませて、私はファーヴに問う。
當初、彼はなかなか口を開こうとしませんでした。
ですが、それでも私がじっとファーヴの瞳を見つめていると、彼は小さく笑って。
「そうやって見られていると、やはり昔のことを思い出す。君は彼によく似ている」
「彼……?」
と私は首をかしげます。
私の首に剣を突きつけた時、ファーヴは同じことを言いました。やはり過去の出來事が、今回の大きな鍵になってくるのでしょうか。
「その人は誰でしょうか?」
「俺の人だ」
きょとん。
予想だにしなかったことを言われ、私はすぐに言葉を返せませんでした。
「はあ? 汝はなにを、ふざけたことを言っている」
ドグラスがいち早く反応する。
「ドグラスも知らないんですか?」
「知らん。まさか汝、この二百年の間になにをしていたかと思えば、人を作って遊んでおったのか?」
「違う。二百年前、貴様と初めて會った頃には、既に彼は俺の近くにいた。そしてこの話は、俺が當代の聖を求める理由にも大きく関わってくる」
『彼』と言葉を口にする時、ファーヴはとても優しそうな表をします。
しかし一転、苦しそうに顔を歪ませて、
「話そう──二百年前、俺になにがあったのか。竜島の悲劇とは、なんだったのか。どうして俺が聖の力を求めるのか──について」
ファーヴはゆっくりと語り始めました。
◆ ◆
俺の人は聖だった。
時の聖と呼ばれ、時をる力がある──と言われていたが、詳しくは分からない。
実際、俺は彼がその力を使うところを、一度たりとも見たことがなかったしな。
彼の名前はシルヴィといった。
普段はおっとりしているが、自分の意志を持っている強いだった。
ファーヴという名前も、彼が付けてくれた。
俺達はお互いにいつしか、惹かれあっていったんだ。
しかし俺達の間には問題があった。
それが種族の違いという問題。
俺はドラゴン族で、彼は人族。
俺達ドラゴンは、人と深くわることを固くじられていた。
ゆえに俺達の関係は、誰かに知られるわけにはいかなかった。俺だけならともかく、シルヴィにも危険が及んでしまうかもしれないからだ。
しかし俺はシルヴィとの関係をみんなにも認めてもらいたかった。
それは彼も同じだった。
人間の素晴らしさに気付いた──という理由もあるが、俺はいつしかドラゴンと人間の架け橋になりたい……そう考えるようになった。
途中まではよかったはずなんだ。
だが……とうとう俺達の関係が、長命竜に気付かれてしまった。
長命竜アルター。
どのドラゴンよりも長く生き、そして強かったと聞く。
アルターは人間との関係に否定的だった。
ドラゴンと人が深くわれば、ろくなことが起こらない。無用な爭いを生む……そう考えていた。
俺とシルヴィの関係に気付いたアルターは、二人の仲を引き裂こうとした。
當然、俺達はアルターの考えを否定し、ヤツと決別することになった。
今思えば──それが過ちであった。
シルヴィのことを考えるなら、俺は自分のを押し殺して、彼と別れるべきだったのだ。
アルターとその追手から逃げていた俺達は、とうとう竜島で追い詰められることになる。
そこで激しい戦闘が繰り広げられたが、アルターは強かった。
ヤツの吐くブレスは、周囲のものを黃金に変える力を持っている。
俺も強さには自信と誇りを持っていたが、アルターの前では無力だった。
戦いの余波によって、アルターの仲間のドラゴン達、そして周囲の木々の一部が黃金と化し──それはシルヴィにも及んだ。
黃金となったシルヴィを抱え、アルターと言葉をわした時をつい最近のことのように思い出せる──。
『俺が人と深くわることを、どうしてそこまで忌避するのだ!』
俺のびにアルターはなにも答えず、その深い瞳で見下していた。
『答えろ! 彼は優しく、爭いを嫌う人間だった。俺が彼と仲良くすることによって、お前が懸念する無用な爭いなど生まれるはずがない』
『無用な爭い……か』
ようやく口を開いたかと思うと、ヤツは獨り言のような言葉を吐いた。
『思えば、今までの儂は臆病だったかもしれぬ。貴様に言われて目が覚めたよ。爭いを恐れるのではなく、けれる。それがドラゴンとしての誇りだ』
『なにが言いたい』
『これ以上は語らぬ。そ(・)や(・)つ(・)の力を目にして、良策が閃いたしな』
憐れむような視線を、アルターは俺に向ける。
『彼を元に戻したいか?』
『當然だ』
『ならば、悔いあらため我が元に來るといい。貴様が自分の過ちに気付いた時、聖を元に戻してやろう』
そう言って、アルターは飛び立つ。
俺はその後を追いかけることはしなかった。今すぐ追いかけても、アルターは彼を元に戻してくれないと思ったからだ。
『シルヴィ』
黃金になったシルヴィを抱き、俺はそう名前を呼ぶ。
ドラゴンと人間の架け橋になりたい。
だが、それ以上に──俺はシルヴィと、ただ平穏に暮らしたかっただけなのかもしれない。
『シルヴィ、シルヴィ』
何度呼びかけても、彼は返事をしてくれない。
絶に打ちひしがれ、彼を抱いたまま、俺はその場から一歩もくことが出來なかった。
すぐだったかもしれない。それとも、何日か経っていたかもしれない。
茫然自失としている俺の前にかつての友、赤きドラゴンが姿を現した。
彼は言う。
『お前がやったのか……?』
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