《真の聖である私は追放されました。だからこの國はもう終わりです【書籍化】》211・私はまだ、あなたに恩を返せていないから

「それがあの時の真実だ」

ファーヴは辛そうに語り終えた後、ぎゅっと右拳を握りました。

昔のことを思い出しているのか、右拳は微かに震えています。

「その後……シルヴィさんを元に戻してもらうために、長命竜アルターの元へ向かったのですか?」

「悩んだんだがな。なにかの罠の可能もあった。しかし……俺には選択肢はなかった。シルヴィを救うためには、アルターに従うしかなかったんだ」

ファーヴはさらに続ける。

「アルターのところへ行き、俺は抱えた黃金のシルヴィを元に戻してくれるように懇願した。もう彼には近寄らない。だからシルヴィだけでも……と」

「それで……どうなったんですか?」

「アルターは俺の言葉を信じなかった。アルターはシルヴィを戻さず、危険因子だった俺を『時の牢獄』に閉じ込めた」

「時の牢獄?」

とナイジェルが疑問を零す。

「こことは違う、別の次元にあるとされる空間だ。その空間の中では時間が止まっており、歳を取ることもない」

「そんな場所が……時の牢獄にいた時のことを、なにか覚えているかい?」

「深い暗闇だった。そしてとても辛い空間だった……ように思える。ぼんやりとしか覚えていないんだ。それが自己を守るための防衛反応なのか、はたまたそういう空間なのかは分からぬがな。そして時の牢獄から出た時、現世では二百年が経過していた──ということだ」

「なにがきっかけで、時の牢獄から出することが出來たんですか?」

私が問いを挾むと、ファーヴはし考え込む素振りを見せてから、こう言葉を紡ぐ。

「おそらく、魔王がいなくなったことによる歪みの結果だと思う。魔王は強大な存在だ。それがいなくなることにより、時の牢獄が壊れた……と俺は考えている」

「なるほど。思えば、《白の蛇》の時も似たようなことがありました」

魔王がいなくなることによる歪みは、思ったよりも大きいようです。

「一つ──あんまり関係ないかもしれないんですが、聖のシルヴィさんには婚約者はいなかったんですか? 聖はベルカイムの王子と結婚する慣わしなんですが──」

「今はそうなのか? 俺がいる頃の時代では、そういった風はあるものの、しっかりとは決められていなかった」

なるほど。

二百年前には、聖と王子が結婚する伝統はなかったみたい。

もしかしたら、ファーヴとシルヴィさんの一件があったからこそ、作られた伝統だったかもしれませんね。

「そしてここからが話の本題になる」

ファーヴは聲に真剣味をより一層含ませて、こう言いました。

「時の牢獄から解放され、俺は竜島で目覚めた。アルターは既にい(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。しかし──代わりに、黃金になったシルヴィが殘されていたんだ」

「なんということ……あなたと同様、シルヴィさんも黃金になることによって二百年間生き殘っていたんですね」

「そういうことになるんだろう」

とアルターは、吐き捨てるように答えます。

「俺はシルヴィを元に戻す方法を探した。だが、唯一その手段を知り得ていたアルターはもういない。途方に暮れた俺は考えた──當代の聖なら治せるかもしれない……と」

そう言って、ファーヴは私を真っ直ぐ見つめる。

「ベルカイム王國では、君の力を確かめていた。本當に當代の聖はシルヴィを治すことが出來るのだろうか、と。確証は持てなかったものの、君しか頼ることが出來ない。これが君を攫い、竜島に連れていこうとした理由だ」

今度こそ言いたいことは全て出し盡くしたのか、ファーヴが口を閉じます。

時の聖──ファーヴの人──長命竜アルター、そして時の牢獄──。

正直、初めて知る事実がいっぱいで頭がパンクしそうです。

「都合がよすぎるな」

今まで沈黙を守っていたドグラス。

彼はファーヴに詰め寄り、ぐらを摑み上げる。

「間違った報がドラゴンの間で広がったのも、長命竜アルターがわざとそうしたのだと考えれば辻褄は合う。しかし──人間の人がいた? 黃金にさせられた? 元に戻してくれ? 百歩譲って全て本當だとしても、それらは全て汝の都合だ」

「その通りだ」

「そのために汝はエリアーヌを連れていこうとした。竜島にはなんの危険もないのか? アルターが生き殘っている可能は?」

「……約束は出來ない。だが、俺はどんな犠牲を払ってでも、シルヴィを──」

「黙れ」

ドグラスがファーヴを地面に叩きつけます。

ファーヴはなにも抵抗しませんでした。

それでは気が収まらなかったのか、ドグラスは続けて拳を振り上げ、ファーヴに毆りかかろうとすると、

「ドグラス、君の気持ちも分かるけど、あまり褒められた行為じゃないね」

その拳をナイジェルがけ止めていました。

「二百年前、我はこいつに裏切られた。これくらいで済んでるから、逆に謝してほしいほどだ」

ナイジェルを暴な手つきで振り払い、溜め息を吐くドグラス。

ファーヴも腕で口元に付いた砂を拭いて、立ち上がりました。

「……で、エリアーヌはどう考える? ファフニールの言うことを信じるつもりか? ……まあ、お人好しの汝のことだ。答えなど分かりきっているようなものだがな」

とドグラスが私に問いかけます。

ファーヴの言ったことを、全て噓だと斷ずることは簡単でしょう。

ですが──。

「私はファーヴのことを信じます」

「本気か……?」

私の言ったことを誰よりも予想していなかったのか、ファーヴは不可解そうな表を作ります。

「はい」

「俺にとったら願ったり葉ったりの話だが──どうして俺を信じてくれるんだ……? 俺が噓を吐いていないと、どうして斷言出來る」

「仮に話に噓が隠されていたとしても──あなたがシルヴィさんを助けたいと思う気持ち。それだけは、間違いなく本當だとじたから」

それに──。

「私はまだ、あなたに恩を返していません」

「恩?」

「ベルカイム王國で、あなたは私達を助けてくれました」

ファーヴにとっては、私の力を見定めたかっただけかもしれません。

だけど彼の力がなければ、クロードとレティシアを救えなかったのも事実。

「私、けた恩は必ず返すたちなんです。あなたが困っているなら、私は手を差しべたい」

そう言って、私はファーヴを安心させるように微笑みます。

「まあ、なんとなくこうなる気がしていたから、我もエリアーヌにわざわざ聞きたくなかったのだ」

「だけどそれがエリアーヌの良いところだよ。損得抜きにして、他人を信じ、手を差しべようとする。そんな彼だからこそ、僕は好きになったのさ」

ドグラスとナイジェルが私を眺めて、そう口々に言っていました。

「…………」

「どうしました? ファーヴ」

私の顔を一點に見つめ、言葉を失っているファーヴ。

私は首をかしげます。

「いや……本當に君はシルヴィに似ていると思ってな。彼も君みたいに、よく誰かを信じて、困っている人に手を差しべてきた。それが本當の強さだと、俺は彼に気付かされたんだ」

「あら、シルヴィさんとは気が合いそうですね。彼を救い出せたら、紹介してくださいね?」

「ああ……! もちろんだ」

とファーヴは頷いて、私の前で地面に膝を突き、頭を下げた。

「ありがとう。いくら禮を重ねても重ねきれない。君はまさしく、聖になるために生まれてきたような存在だ」

「ああ、そうそう。先ほどから『君』とか『聖』と呼んでいますが、私にはエリアーヌっていう名前がちゃんとあるんですよ?」

私がそう言うと、ファーヴが虛をつかれたような顔になる。

「こうなった以上、ファーヴも私達の仲間です。せめて名前で呼んでくれますか?」

「だ、だが」

「どうしました? なにか気になることでも?」

と私はファーヴに顔を近付けます。

すると彼は気まずそうに顔を逸らしました。

「い、いや……なんというか、人間を名前で呼ぶのは気恥ずかしくてな。二百年前でも、人間でちゃんと名前を呼んだのはシルヴィくらいだった」

よく見ると、ファーヴの頬がし朱に染まっているように見えます。

もしかして……照れているのでしょうか?

ふふっ、摑みどころのない方だと思っていましたが、こういう可いところもお有りなんですね。

ただこれだけだというのに、ファーヴと距離がまった気がしました。

「ナイジェルとドグラスは、どうしますか? 私達に手を貸してくれますか?」

一旦ファーヴから顔を離し、二人に質問を投げます。

「僕もエリアーヌと同じ気持ちだ。リンチギハムには『仲間が困っていれば手を差しべよ』って、代々伝わる言葉もあるしね。君が信じたファーヴを、僕も信じるよ」

「我はファフニールのことを信じぬ。協力つもりもない。だが、汝らのことは放っておけぬ。だからこれは監視だ。そいつがなにか変なことをしないか、我が見張っておいてやる」

よかった。

二人とも、私に手を貸してくれそう。

ドグラスはまだファーヴのことを信頼しきっていないみたいですが、仕方がありません。

なにせ、ドグラスはずっとファーヴを待ち続けていたんですから。

二人の間のが埋まるのは、まだ時間がかかりそうです。

「では、あらためまして……ファーヴ、これからよろしくお願いします」

私は右手を差し出す。

「……握手をしろと?」

「それ以外になにがあるとでも?」

「い、いや、シルヴィ以外の人間のれたことがなくてな。戸ってしまった。では──」

ファーヴは恐る恐る私の手を握ります。

「俺からもよろしく頼む。聖──いや、エリアーヌ、どうか俺に力を貸してくれ」

「はい、もちろんです」

私が頷くと、それに安堵したのかファーヴの顔が穏やかなものになりました。

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