《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》58話 嫌な男との再會(サチ視點)
サチの聴力でしか聞き取れないほど、ザカリヤは小さくつぶやいた。
「くそったれ……なんで奴なんだ……裏切り者めが……」
──裏切り者
おおかた、十四年前の「許しなき一週間」か。あの事件から生き殘り、要職に就いている者のほとんどが裏切り者であろう。そうでなければ、今頃冷たい墓標の下にいる。どんなふうに裏切って何をしたかまで、サチは聞きたくなかった。そんなことを聞いても耳が汚れるだけだ。
ザカリヤはサチの腕をつかみ、森の奧へ引っ張って行った。捕らえている奴隷輸送隊は、ひとまとめに俵巻き縛りして木に繋いでいる。彼らからし離れるとザカリヤは「ずらかろう」と言った。
「向かってきているのは知ってる男だ。聲で何者かバレてしまう」
頬がくっつきそうなぐらいサチに顔をよせて、蟲の聲でザカリヤは訴えた。面頬(バイザー)の奧、凜としていた薄茶の瞳が揺れている。この揺れはさまざまなを孕(はら)んでいた。激しい憎悪は當然のこと、絶、悔恨、怯懦……いつもヘラヘラしているぐうたらが葛藤し、苦しんでいる姿をサチは初めて見る。
普段のダメ人間はザカリヤなりの仮面なのかもしれなかった。偽り、仮面を被ることで自分を保っていられる。だが、それはなんらかの拍子に脆く崩れ落ちてしまう。そんなザカリヤにサチは無な言葉を投げた。
「じゃあ、俺が対応するから父上は黙っていてくれ」
「ダメだ! バレるに決まっているだろう? 顔を見せろと言ってきたらどうする?」
「このまま、連中を放置するわけにはいかない。ちゃんと引き渡さねば。言い出したのは俺だ。最後までやり遂げる」
しばらく押し問答を繰り返した。そうこうしているうちに駆ける馬の足音がどんどん近づいてくる。サチは仮面を取り、ザカリヤに顔を見せた。
「父上、俺を信じてくれ。途中で逃げたりしないから」
ごっこ遊びが抜けきらず“父上”と。だが、今は演技ではない。ザカリヤは面頬(バイザー)を上げて、サチのまっすぐな視線をけ止めた。サチに視線を當てられ卑屈になったり、憎悪を向ける人間は多い。ザカリヤは目をそらさなかった。心は汚されていない。この人は純粋だ──サチはそうじた。
「わかった。信じよう。だが、危険をじたら、ただちに逃れるからな?」
ザカリヤは低い聲で答え、バイザーを閉じる。サチは頬を緩め、ザカリヤの肩を叩いた。ガチガチに張していてはバレる。相手が誰だろうと堂々としていなければ。
──卑劣漢におびえて逃げる? どうして俺たちが尾巻いて逃げるのだ。逆だろう?
サチたちが元の場所に戻るのと、アッヘンベルが到著するのと同タイミングだった。彼らはなかなかの大所帯だ。百人くらいいる。しかも、騎士。魔力もじられるので、魔師もいるだろう。いくらザカリヤとサチでも、全員を皆殺しにするのは難しいかもしれない。
「グレンゼ卿の配下というのは、そなたらか?」
馬上から居丈高に問われた。上から下まで甲冑に覆われていてもわかる。酸化して黒ずんだ甲冑の肩には百日草の紋が刻まれていた。アッヘンベルに間違いない。グレンゼ卿というのはザカリヤの依頼主だ。
「さようでございます。殿の領地を侵す不屆き者らを捕らえました。ご査証願います」
サチはひざまずき、顔を伏せたまま答えた。大丈夫。アッヘンベルと話したのは一度きりだ。顔を見せなければ、気づかれないはず。サチの隣には石のようになったザカリヤが同じくひざまずき、頭を垂れている。ゲス野郎にひざまずくのは不本意だろう、屈辱だろう。誇り高き父にこんな思いをさせるからには、あとで必ず埋め合わせをしなければ、とサチは思った。
「面を上げよ。顔を見せよ」
馬上から怒鳴るアッヘンベルに対し、ザカリヤは猛烈な怒気を発した。瘴気が甲冑の隙間から立ち上るのではないかと思うぐらい……今、自制心が崩れたら、アッヘンベルのを掻っ切るに違いない。
サチは顔を上げ、なるべく甲高く子供らしい聲でザカリヤの代わりに答えた。
「申し訳ございません。父はを痛めていて言を発することができないのです。代わりに息子の私が応対します。背後にいるのが、無許可で奴隷を輸送していたアフラムの配下とその奴隷たちでございます。アフラム本人はまもなく到著します。我らの主グレンゼ卿も、もうまもなく……」
幸い、アッヘンベルの興味は奴隷たちに移ったようだった。馬から飛び降り、アッヘンベルは奴隷たちに近づいた。
「これはしい! 粒揃いのエルフ族ではないか……しかし、惜しいな。証拠品といえども亜人だから……」
面頬(バイザー)を上げ、奴隷たちをするアッヘンベルの目つきはいやらしい。サチは即座に引き上げなければならないことに、多大な不安をじつつ口を開いた。
「では、無事引き渡しましたので私たちはこれで失禮いたします。詳しい話はグレンゼ卿からお聞きください」
立ち上がり背を向ける。奴隷たちはあとで逃がしてやる。今はここを離れなければ──
「待て!!」
呼び止められ、サチはから心臓が飛び出そうになった。ゆっくり振り返れば、アッヘンベルがいぶかしげに、こちらをにらんでいる。
「なんでしょう?」
「親子と言ったな? おまえは見たところ年。しゃべらぬ父親と、たった二人でこの人數の輸送隊員を捕らえたというのか?」
サチは答えに詰まった。魔人にとっての人間二十人は數にらぬが、人間にとっては大人數だ。すっかり抜けていた。すぐに回答しないことで、アッヘンベルの不信は強まったようだった。
「なぜ、仮面を外さない? 不気味だ。顔を見せられない事でもあるのか?」
「顔をお見せする必要があるのでしょうか?」
つい、サチは言い返してしまった。ザカリヤが腰を突っついてきても、もう遅い。アッヘンベルは兜(かぶと)をいで、自分の顔を見せてきた。相変わらずよく整えられた短髭だ。ギラギラした男らしさを見せつけてくる。不審顔から怒気を含んだ顔へとアッヘンベルの顔つきは変わっていた。こういう高慢な人種というのは目下の者の口答えに敏である。取るに足らぬ者に意見されると尊厳を傷つけられた、侮辱されたとじるのだ。
「生意気な……小者の名をいちいち聞いたりはせぬが……目上の者が顔を見せているのに名乗らぬ、仮面を取らぬとあっては信用できない。それとも何か? よっぽど醜いので隠しているのか?」
アッヘンベルは突っかかってきた。ここで姿を現しては計畫が臺無しになるだけでなく、魔國での生活まで脅かされる。どうやら、腹を括らねばならぬようだった。
サチは子供の聲をやめ、腹に力をれ、男の聲を出した。
「私たちは闇に屬する者。顔を見たら最後、あなた方はこの世にいられなくなるが、それでも構いませんか?」
アッヘンベルはしばし、間抜け顔で固まった。嫌味な白い歯を見せ、笑い出したのは臆病者ゆえだろう。怯懦を隠すために笑ったのだ。
「なかなか面白いことを申すではないか? 私はグリンデルの騎士団長ゲオルグ・アッヘンベルと言う。それでも、顔を見せぬと言うのか?」
「はい……」
隣でザカリヤが派手に舌打ちをした。アッヘンベルにも聞こえただろう。そろそろ我慢の限界だ。顔を見せて、ここにいる全員を祭りに上げてもいいかもしれないとサチは思った。立てた計畫は臺無しだが、エルフと自分たちのは守れる。アフラムの暗殺はあとでやればいいだろう。
爬蟲類の目でサチとザカリヤを舐めまわすアッヘンベルが「取り押さえろ」と騎士たちに合図をするか、しないか。迫する空気を裂いたのはザカリヤだった。
ザカリヤは言わず、抜刀した。
ランタンの薄明かりを切り裂いて、本當の闇が現れた。森の澄んだ空気の中では異様さが増す。魔剣の発する瘴気は雪を溶かし、その周りだけ濃い黒に浸食された。おどろおどろしい魔剣の姿にアッヘンベルは息を呑んだ。これを見てもなお、戦いを挑んだ奴隷輸送隊は立派であった。
時、間を置いてから、アッヘンベルが放った言葉は、
「なるほど。人ならざる者というわけか。グレンゼ卿も思い切ったことをされる……承知した。去るがいい、汚れた者たちよ」
ザカリヤは剣をしまい、サチへ顔を向けた。バイザーに表が隠れていても怒っているのはわかる。
サチたちは無言で深い闇のほうへ走った。
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