《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》64話 ザカリヤの教え(サチ視點)
翌日からサチは元の生活に戻った。
ただし、娼館と診療所の勤務は週の半分ずつ。同日、両方には出勤しない。家事はたちと分擔することになった。終業の二時間前には仕事を切り上げ、剣を教えてもらう。最悪の狀態にまで落ち込んでいた神は、元の生活に戻ることで復活した。
メグとは仲直り。というか、ずっと心配してくれていたらしい。全然怒ってはいなかった。それから、サチのザカリヤに対する態度はし改まった。しだけ。頭ガシガシはさせない。
──だって、この男、働かないんだもんな
ザカリヤのぐうたらぶりは変わらず。をはべらせ、洗髪、ひげ剃りから、著替え、歯磨き、何から何までの回りのことをさせる。娼館の経営や診療所も全部人任せだ。経理に関してはタイガと娼婦が代でやっていたのが、あまりにもいい加減なのを見かねてサチが全部け持つことになった。ザカリヤは家事すらやらない。しかし、剣の指導の時だけ顔つきが変わる。仮の剣でも握ると、別人になるのだ。
──こんな所で腐ってないで適所に行けば、能力を発揮できるのではないか?
サチはそんな気もしていた。
ザカリヤが厳しかったのは初日だけだ。教える時に叱りつけたり、罰を與えることは決してなかった。
アスターやグラニエとはちがう。アスターは罵倒して、とことん追い詰めてきた。自尊心をズタズタにしてから、自分に染め上げようとするタイプ。史上最悪型。サチが教練をサボっていたのはアスターのせいでもある。そして、グラニエは自にも厳しい人だから、人にもめちゃくちゃ厳しい。しの甘えも許さない。
ザカリヤはいっさい否定をしなかった。ひたすらサチのことを褒める。
「ファルダード、そうだ、やるじゃないか!」
「うまいな! 完璧だ!」
「すごい! 覚えが早いな。さすがだ!」
気分は悪くないが、不安にはなった。
──ザカリヤは教えるというより、俺を飼い慣らすつもりなのではないか?
そんな気までしてくる。教えられるのはごくごく基礎的なこと。魔人の戦い方ではなく、人間の剣指導だ。
「どうした、ダリウス? 浮かぬ顔をして?」
「褒められても、素直にけ取れない。アスターさんもジャンも俺を褒めたりしなかった。俺は剣に関しては、てんで駄目だったんだ」
「かわいそうな奴……いいか、教えてやる。おまえが悪いんじゃない。教え方が悪いんだ」
「でも、アスターさんもジャンも剣士としては一流……」
「じゃあ聞くが、そいつらは俺より強いのか? 実際に手合わせしてみぬことにはわからんが、俺は負け知らず。剣で俺より強い奴に會ったことはない。誰よりも強い俺がそう言うのだから、俺のほうを信じろ。ダリウス、おまえは決して弱くはないぞ?」
ザカリヤは自分の言葉に確固たる自信を持っていた。揺らがない琥珀の瞳が語る。サチの自尊心は回復した。
「今日は抜刀の練習をしよう。馬鹿らしいと思われるかもしれないが、抜刀してからの一太刀は重要だ。その一太刀に賭ける剣士もいる」
教えてもらう時のサチは素直だった。教える時のザカリヤはシャンとしているし、翼をしまって服も著る。話す言葉もまともだ。いつもこうだったら尊敬できるのに、と思う。
「敵に一撃を與えられる時というのは、どんなときだと思う?」
「……隙を見せたとき?」
「そうだな。相手が隙を見せるときは大きく分けて三パターン。まず、攻撃をしてきた直後。これを狙うのがカウンターだな。二つ目はその反対。こちらが攻撃をした、避けられた直後だ。ここも隙が生まれやすい。だから、偽攻撃を仕掛けるというやり方もある。そして三つ目は戦いが始まる……というか、打ち合いにる寸前。抜刀してから打ち合うまでの時間だ。自分から仕掛ける、仕掛けないによっても勝敗は大きく変わる」
荒れた平野はサチたちが數時間暴れただけで、凸凹になった。純粋に剣技を教えてもらっているだけなのだが、知らぬうちに魔力を放出しているらしい。しかし、それも翌日には整地されている。ザカリヤの使い魔が綺麗にしてくれるのである。
「そういや、ダリウス。なんて言ったっけ? おまえの家來の姉だというキメラ……北の地で巣を作ってるって、以前に話したよな? 倒しに行ってもいいぞ? 今のおまえなら楽に倒せるだろう」
「マリィのことか? マリィはできれば人間に戻してやりたいんだよ。わずかなみだとしても」
「殺してやったほうがいいと思うがな。ここ數日でおまえは急長した。もともと強かったのに、戦い方を知らぬだけだったのだ。今のおまえならキメラを楽に倒せるだろう」
「マリィをどうするかはジャンに決めさせる。でも、本當にマリィを倒せるほど強くなったのかなぁ? 自信ない」
「自信を持てぬのはよくないな。そのくせ、百日城で無茶しようとしただろ? ナスターシャを殺そうと……」
百日城での一件はサチにとって癒えぬトラウマだ。持ち出してほしくなかった。あの時はどうかしていたのだ。
ザカリヤは無遠慮に続ける。
「ナスターシャを殺したところで、國は混に陥るだけ。代わりの王が祭り上げられるだけの話だ。それが主國から來るのか、國でなんとかするのかはわからんがな。良いほうへ変わりはしないさ。それと、たかだか人間と思って見くびるなよ?」
ザカリヤの聲が低くなった。甘えを許さぬ聲だ。人の上に立っていた者らしく、重要なことを話す時は威厳を示す。
「ナスターシャの表向きの護衛はアッヘンベルと參謀長のアルタウス。それプラス、優秀な魔師が二人。俺たちのような魔人は魔力を封じられたら、普通の人間になってしまう。ただでさえ、百日城には結界が張ってあって、限定的な魔力しか使えない。アッヘンベルとアルタウスごときでも強敵となりうるんだよ。奴らは卑怯なやり方が大好きだからな。あと……」
「ゴーレムがニ……」
「そ、背後にいつもいるな。そのゴーレム以外に一人、ガタイのいいフルアーマー裝備がいるだろ? あれも厄介だぞ。気配を消していてもわかる。たぶん、魔に屬する者だ」
サチもナスターシャの護衛のことは々気になっていた。暗殺という手段を考えていなかったので、調べてはいなかったのだが。
「人外な俺たちがやり合えば、周りにも被害は及ぶだろうしな。暗殺するにしても、一人二人で倒せるかは難しいところだ。城に大勢で攻め込むのは不可能に等しいし」
ザカリヤが詳しいところをみると、仇討ちも考えていたのだろう。する人を殺されてから數年、何もしないわけではなかったのである。敵の向をうかがい、調べていた。百日城へも何度かり込んでいるのかもしれない。
今までおまえと同じ絶を何度も何度も味わってきた──百日城から逃げてきた時、空の上で絶に打ちひしがれるサチを抱えながら、ザカリヤはそう言ったのだ。その言葉はサチの耳にこびりついて離れなくなっていた。寢る前に耳の奧でこだまして、ドキッとすることもある。
──ザカリヤが敵地へ行くというのなら、俺もついて行こう
サチは思った。命を懸けるのも、この父と一緒なら怖くない。正攻法が無理ならそういうやり方だってある。それがいつになるにせよ──
「線してしまったな。さあ、抜刀してみろ。いいぞ、教えた通りだ。もう一度、俺のを真似してやってみるといい」
ザカリヤは切り替えも早い。恨み言や説明をくどくど繰り返すことはなかった。間違いを無理に正そうともしない。これは師として最高なのか不向きなのか、サチにはわからなかった。
「じゃ、やってみろ……うまい! さっきより斷然良くなってる! ダリウス、おまえは天才だよ」
そして、ザカリヤは繰り返し大げさに褒めた。
【書籍版4巻7月8日発売】創造錬金術師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-
書籍版4巻は、2022年7月8日発売です! イラストはかぼちゃ先生に擔當していただいております。 活動報告でキャラクターデザインを公開していますので、ぜひ、見てみてください! コミック版は「ヤングエースUP」さまで連載中です! 作畫は姫乃タカ先生が擔當してくださっています。 2021.03.01:書籍化に合わせてタイトルを変更しました。 舊タイトル「弱者と呼ばれて帝國を追放されたら、マジックアイテム作り放題の「創造錬金術師(オーバーアルケミスト)」に覚醒しました -魔王のお抱え錬金術師として、領土を文明大國に進化させます-」 帝國に住む少年トール・リーガスは、公爵である父の手によって魔王領へと追放される。 理由は、彼が使えるのが「錬金術」だけで、戦闘用のスキルを一切持っていないからだった。 彼の住む帝國は軍事大國で、戦闘スキルを持たない者は差別されていた。 だから帝國は彼を、魔王領への人質・いけにえにすることにしたのだ。 しかし魔王領に入った瞬間、トールの「錬金術」スキルは超覚醒する。 「光・闇・地・水・火・風」……あらゆる屬性を操ることができる、究極の「創造錬金術(オーバー・アルケミー)」というスキルになったのだ。 「創造錬金術」は寫真や説明を読んだだけで、そのアイテムをコピーすることができるのだ。 そうしてエルフ少女や魔王の信頼を得て、魔王領のおかかえ錬金術師となったトールだったが── 「あれ? なんだこの本……異世界の勇者が持ち込んだ『通販カタログ』?」 ──異世界の本を手に入れてしまったことで、文明的アイテムも作れるようになる。 さらにそれが思いもよらない超絶性能を発揮して……? これは追放された少年が、帝國と勇者を超えて、魔王領を文明大國に変えていく物語。 ・カクヨムにも投稿しています。
8 159【書籍化】婚約者が明日、結婚するそうです。
王都から遠く離れた小さな村に住むラネは、五年前に出て行った婚約者のエイダ―が、聖女と結婚するという話を聞く。 もう諦めていたから、何とも思わない。 けれど王城から遣いがきて、彼は幼馴染たちを式に招待したいと言っているらしい。 婚約者と聖女との結婚式に參列なければならないなんて、と思ったが、王城からの招きを斷るわけにはいかない。 他の幼馴染たちと一緒に、ラネは王都に向かうことになった。 だが、暗い気持ちで出向いた王都である人と出會い、ラネの運命は大きく変わっていく。 ※書籍化が決定しました!
8 103【WEB版】身代わりの生贄だったはずの私、兇犬王子の愛に困惑中【書籍化】
11月11日アリアンローズ様より【書き下ろし2巻】発売! 伯爵家の長女ナディアは、家族から冷遇されていた。実母亡き後、父は後妻とその娘である義妹ジゼルを迎え入れ溺愛し、後妻はナディアを使用人以下の扱いをしていた。そんなとき義妹ジゼルに狂犬と呼ばれる恐ろしい王子の侍女になるよう、國から打診がきたが拒否。代わりにナディアが狂犬王子の生贄として行くことになった。そして噂通りの傲慢な態度の狂犬王子クロヴィスは、初対面からナディアを突き放すような命令をしてきた。ナディアはその命令を受け入れたことで、兇犬王子は彼女に興味を示して―― ◇カクヨム様でも掲載 ◇舊題『身代わりの生贄だったはずの私、狂犬王子の愛に困惑中』※狂犬→兇犬に変更
8 74男女比がおかしい世界に飛ばされました
主人公の禮二がトラックに轢かれてしまい、起きると男女比が1:100という女性の方が多い世界だった。その世界では、男性はとても貴重で目の前に男性がいると、すぐに襲ってしまうほどだ。その世界で禮二は生きて行く....。 基本的には小説家になろうの方で活動しています。(違う作品を出していますが) なので、とても更新が遅いですが、見てくれると嬉しいです。 多分二週間に一回のペースだと思います。……恐らく。………恐らく。早い時と遅い時があります。
8 1472度目の人生を、楽しく生きる
日本で殺されたはずの少年は、死ぬ前に「次は自由に楽しく暮らせる人生がいいな…」と願いながら命を落とした。 そして次に目を覚ますと……そこは見知らぬ家のベッドで、少年は5歳になっていた、しかし少年には日本での記憶があった。 そこで少年が目にしたのは…剣を腰に差す男性と、手から火を出し調理をする女性だった。 男性は自分は父だと言いと女性は自分は母だと言った。 この2人には全く見覚えがない。 2人は少年の事を見ると口を揃えてこう言った。 「「おはよう、ルージュ!」」 ………いや、誰? どうやら少年は異世界に記憶を持ったまま転生したらしい。 少年は…ルージュは誓う、この世界では、楽しく、自由に生きると。
8 112シスコン&ブラコンの天才兄妹は異世界でもその天賦の才を振るいます
───とある兄妹は世界に絶望していた。 天才であるが故に誰にも理解されえない。 他者より秀でるだけで乖離される、そんな世界は一類の希望すらも皆無に等しい夢幻泡影であった。 天才の思考は凡人には理解されえない。 故に天才の思想は同列の天才にしか紐解くことは不可能である。 新人類に最も近き存在の思想は現在の人間にはその深淵の欠片すらも把握出來ない、共鳴に至るには程遠いものであった。 異なる次元が重なり合う事は決して葉わない夢物語である。 比類なき存在だと心が、本能が、魂が理解してしまうのだ。 天才と稱される人間は人々の象徴、羨望に包まれ──次第にその感情は畏怖へと変貌する。 才無き存在は自身の力不足を天才を化け物──理外の存在だと自己暗示させる事で保身へと逃げ、精神の安定化を図る。 人の理の範疇を凌駕し、人間でありながら人の領域を超越し才能に、生物としての本能が萎縮するのだ。 才能という名の個性を、有象無象らは數の暴力で正當化しようとするのだ。 何と愚かで身勝手なのだろうか。 故に我らは世界に求めよう。 ───Welt kniet vor mir nieder…
8 80