「……ミルシャ」

姉とするお付き騎士が崩れた壁から一緒に落ちるのを、グーシュはじっと見ていた。

だが疲れ切り、発の衝撃で朦朧とした意識はその景の意味を認識できない。

それが意味する事がようやく認識できるようになるまでの數分間。

グーシュはじろぎ一つせずにいた。

「あ」

口かられた聲がれるのと同時に、目から涙があふれ出した。

數分の休息がもたらした回復が、グーシュにようやく現実を認識させた。

「あ、ああ……ミルシャ……」

見ていた。

グーシュはずっと見ていた。

死んだはずのミルシャの背中にシュシュが障壁を張る直前に飛び込んで來た何かの破片がぶつかるのを。

その衝撃の直後、小さなせき込みと共にミルシャの顔に微かにが戻ったのを。

その瞬間の歓喜が、なぜか強く思い出される。

乾いたに水がもたらされたような。

數日間の頭脳労働の後の飴のような。

あまりにも甘い歓喜の味。

風による轟音と障壁を張るシュシュの苦悶の聲の中、グーシュはミルシャを抱き締めた。

頭の中の冷靜な部分は早くシュシュを倒す算段を付けろとんでいたが、一度切れたグーシュの張は疲労も相まってそう簡単に繋がらなかった。

まるで逃げようとするミルシャを捕まえる様に、ただただ抱き締めた。

そんなグーシュに、小さく荒い呼吸を繰り返すミルシャは背後にいるシュシュを見てこういった。

大丈夫……。

今考えれば、ミルシャはどの道もたなかったのだろう。

シュシュによって魔法を用いた攻撃をにけた時點で、助かる道は無かった。

だからこそ、奇跡のような心臓の再起の後も碌に呼吸できずに苦しげだったのだ。

それなのに……。

「ミルシャ……ミルシャ……ミルシャ……」

ミルシャの名を呼びながら、ゆっくりとを起こす。

目から床に落ちていた涙が、今度は頬を濡らす。

それなのにミルシャはグーシュを助けるために、最大の敵であるシュシュを倒すためにを起こし、一度死んだで立ち向かったのだ。

名殘惜しそうに、行かないでと懇願するように袖とを摑むグーシュに、呼吸が殆ど出來ないミルシャは最後に言った。

グーシュ。どうか彼方へ。

かつてグーシュはミルシャが死んだら自分も死ぬのだと言った。

それほどにおしい、大切な大切なミルシャ。

なのに、あんな事を言われては……。

彼方へ行くことをまれたのに、よもや隣に行くことがどうして出來ようか？

「ふ、へへへ……はは、そうだな。ミルシャ。わらわは、行ってやるぞ。遠くへ……」

震えるでグーシュは立ち上がり、二人が落ちた壁のを見つめる。

下を覗き込みたいという強い求が足にしだけ力をれさせるが、その力は階段へと歩むために使う。

「敵が落ちた場所を見下ろすなんて、そう言うのは死亡フラグだもんなミルシャ……ははは」

涙と共に笑いが止まらない。

涙は間違いなく悲しみ故だが、笑いの理由はグーシュにも分からなかった。

強がりではなく、自分が人でなしの証であってしいとグーシュは思った。

その時だった。

『両軍ともそれまで！』

雄々しく野太い聲が突如として響いた。

「なんだこれ！？」

グーシュは思わず驚く。

その聲が音聲ではなく、自信の頭の中に直接響くような不可思議なものだったからだ。

「す、すごい！　テレパシーだ……漫畫や説話でみたテレパシーだ！！　凄いなミルシャ！」

咄嗟に振り向きつつ出た言葉がグーシュを打ちのめした。

ウキウキとした好奇心と悲しみがまぜこぜになった気持ちのまま、グーシュは再び階段をヨタヨタと登りだした。

なおもテレパシーのような聲は続く。

『我七星連合所屬、ベルフ族が將軍ゴッジなり！　我と一族と地球連邦軍アセナ大佐及びダグラス大佐の名において、この星系における三十分の休戦がたった今結ばれた！　両軍とも一時銃を降ろされよ！』

「休戦だと？　一何が……あ」

テレパシーの容を訝しむが、事実として先ほどまで発によって小康狀態になっていたとはいえいくらかは聞こえていた銃聲がぱたりと止んでいた。

さらに目を凝らせば、空に見えていた宇宙艦隊によるの軌跡も見えなくなっている。

「……急がねば」

何が起きたのか確かめなければ。

その思いと好奇心で自に喝をれると、グーシュは亀のような速度で階段を駆け上った。

「誰かいるか！？」

グーシュがびながら階段を昇り切ると、そこにはり口に向けて銃を向ける十名ほどのアンドロイド達がいた。

銃と言っても陣地に據え置かれた重機関銃や駐機中のカタクラフトのドアガン、それにテールターレットの４０ｍｍ機関砲だ。

発砲されれば人間などたちまち煙と片を殘して消えてしまう。

「グーシュ殿下！　ご無事でしたか」

ホッとした様に聲を上げるアンドロイド……たしか憲兵連隊のキア佐だ。

當然だがグーシュとしては文句の一つも言いたくなる。

「ご無事でしたかではない！　なぜ救援に來なかった！？」

あの規模のアンドロイド部隊が來てくれれば、シュシュと言えども何とかなったのではないか。

そんな當然の思いからの発言だった。

それに対しキア佐はすまなさそうに頭を下げつつ口を開いた。

「申し訳ありません……ですが我々カタクラフトの整備及び警備班一同、たとえ一木司令の悲鳴が聞こえてもここからくなと厳命されていたもので……」

「ふん……ならば仕方がなかろう」

どうせそんな事だろうと思った容だったので、グーシュはそれ以上文句は言わずに引き下がった。

出の切り札であるカタクラフトを守る事は何より優先される。

業腹だが、下手な事をしてカタクラフトが破でもされていたよりはよっぽどいい。

「それよりもだ。先ほどのテレパシーみたいな聲はいったいなんだ？　休戦などと、一何が起きている？」

グーシュがヨタヨタと歩き出すと、慌てて整備員のツナギを來たアンドロイドと歩兵型が駆け寄ってきた。二人に支えされながら歩くと、ようやく一息付けた。

「はあ……狀況としては聲の通り三十分間の休戦という事ですが……聲の主に関しては……あれをご覧になられた方が早いかと」

キア佐がそう言って指を指す方にグーシュが目をやると、帝都の郊外、ちょうど先ほどの心地の辺りだった。

目を凝らすがさすがに何も分からず、キア佐に雙眼鏡か何かをねだるように手を差し出す。

「あ、申し訳ありません。どうぞ……」

カメラモードの攜帯端末だった。

グーシュはレンズを心地の方へ向けると、畫面に指を這わせひたすらにズームしていく。

十數秒ほどもその作業を繰り返すと、ようやくそれが見えてきた。

「なるほど……これがテレパシーの主か」

その不気味な姿は、好奇心の塊であるグーシュですら微かに聲を震わせるほどだった。

両手の長い強襲猟兵と対峙するの姿をした巨人……その前に巨人を守るように立ちふさがる赤い化け。

先史文明の生き殘り、ベルフの姿がそこにあった。

次回更新は１２月１９日の予定です。