《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》73話 バカ対アホ②(サチ視點)
空が見えている。ここは本當に魔國かと、サチは目をこすった。
──ボケている場合ではないぞ! 大変だ!
魔に屬する者たちで日が弱點の者は多い。観戦しているうちにダメージを負っては、かわいそうだ。見ると、ゴブリンたちの存在が曖昧になっていた。チカチカ、明になったり現れたりを繰り返している。
──まずいぞ
鳥人や亜人のたちは大丈夫………地底人は……なんと! 溶けている!! サチは戦慄した。地底人たちがドロドロに溶け、スライム狀になっているではないか! 地底人だけではない。食植も固まっている。石と同じに黒ずんでいる姿は化石みたいだ。サァっと扇ぐ風に食植たちは霧散した。
大きな口を持つ花も、繊をネトつかせるモウセンゴケ、ウツボカズラ、ラフレシア、ハエトソウ風も……しまえまで楽しそうに歌っていた人間サイズの草たちが……塵となって消えていく……その景は砂漠に出現した蜃気樓を思わせた。
──砂!? 石化したのか!?
サチは焦った。しかし、イアンとザカリヤの戦いに夢中な他の連中は、この危機的狀況に無頓著である。グラニエも、
「すごい……神的な戦いだ……」
などとつぶやいているし、生命の燈火が盡きようとしている地底人と食植のことは、目にもっていない。サチは一人、煩悶した。
──どうしよう……前世では天候を多れたはずだが、今できるだろうか。
手を空にかざし、神経を集中させる。雷を落とせるから散ってしまった雲を集めるぐらいのこと……
そうこうしているうちに戦況は変化していた。
ザカリヤの黒き邪炎のほうがイアンのまとう旋風より大きい。さっき、ザカリヤの皮を裂いた旋風はあえなく蹴散らされた。イアンの姿が見えた……と思った瞬間に邪炎が牙を剝く。
邪炎をまともに食らったイアンは、全からを噴出させた。すさまじい量だ。辺り一面赤い霧に覆われる。霧はイアンの応援団の所にまで飛散し、サチの視界は真っ赤に染まった。
その時、ちょうどよくサチの思いが空へ屆き、雲がまた戻ってきた。薄暗くなった戦場の向こうに、ムクムクと起き上がる地底人の姿が見える。砂となり、風景に同化していた食植たちも戻ってきた! 砂が集まり、元の形に再生しているのだ。味も元通りに!
イアンの霧を吸った彼らは次々と復活した。だが、戦いの影で生死に関わるドラマが展開されていることなど、誰も知る由もない。イアンとザカリヤは力をぶつけ合い、観客はそれに目を奪われている。
存在の薄まっていたゴブリンたちの郭も、はっきりとしてきた。ふたたび太鼓を叩き、舞い始める。食植が絶に近い歌聲をあげれば、イアンの勢いは増す。あれだけを出したのに、ひるむ気配は微塵もない。ザカリヤの魔剣が放出する黒い炎に包まれていながら、果敢に打ち合っていた。
──そういえば、この歌……
植たちの歌が、途中からサチの知っている歌に変わっていた。
「あああ~~~麗しきその姿よぉ~~その瞳ぃ黒曜石の如くぅぅぅ~輝きぃぃ~我らがメシア~~サウル様~~目覚めるその日までぇ~~~~……」
素晴らしい混聲合唱、英雄王サウルを讃える歌──これはグリンデルの國歌ではないか!
サチはなんともいえない気持ちになった。自分を禮賛する歌を素直に喜べない。この歌は明らかに國威発揚を意図して作られている。民のためと言うよりか、権力者のために作られた歌だ……というより、なにより歌詞が恥ずかしい。サウルの栄をこれでもかってぐらい三コーラスも繰り返すのだ。しきとか、気高きとか、輝けるとか、眩(まばゆ)きとか、そんな形容詞を山とつけて。
植たちがグリンデル國歌を熱唱するのには、心當たりがあった。昨日、イアンと話した際にサチは聞いたのである。イアンがエドに剣を教えているのだと。
「クリープは俺のおかげで急長したんだよな! ユゼフも俺の教え方が上手いって譽めてたし、そのうち、流派でも作ろっかな? 小太郎に聞いたら、エデンでは剣含め、戦闘に関する技には流派があるみたいなんだ。○○の師に習ったとかだけじゃなくて、代々技をつないでいくらしいんだよ。流派には俺の名前をつけてもいいんだけど、今カッコいい名前を考え中……」
イアンはこんなことを言っていたのだ。エドのほうは背中をバシバシ叩かれ、曖昧な首肯をしているので、無理やりうなずかされているは否めなかった。本當に急長したのかは怪しいところだが……どんな稽古をしたのかエドに聞いたところ、
「バレエのポージングと縄跳び」
と、驚くべき回答が返ってきた。目をパチパチさせるサチを前にイアンは、
「クリープの奴、グリンデル國歌と子守歌しか知らないって言うもんだから、延々とグリンデル國歌を歌いながら縄跳びしたよなぁ……あれは疲れた」
植たちがグリンデル國歌を熱唱する原因はこれだ。崇拝するイアンが縄跳びをしながら、このクソ歌を歌い続けていたのを聞いて覚えてしまったのだろう。
「勇ましきぃぃ~~~オーーートマトンのぉぉ~~~勇姿をぉぉ~讃えよぉぉぉぉ~~まばゆきぃぃ~サウル様のぉぉぉ~~栄をぉぉ~~」
──ヤメロ
グラニエはこのバックミュージックのせいで目を潤ませ、
「これは歴史に殘る戦いだ」
とか言っている。そんなたいそうなものじゃないのに、どうせ喧嘩のきっかけはくだらないことだろう。
ゴブリンは耳が痛いくらい強く太鼓を打ち鳴らし、歌や踴りをしない者は手拍子をしている。こちらは部族の音楽だ。曲調が全然ちがう。
左耳に混聲合唱、右耳にリズミカルな民族音楽が流れ込む。イアンの応援団以外の野次馬までつられて手を叩いているし、混沌(カオス)……サチは頭が痛くなってきた。それもこれも全部イアンのせいである。
みどろのイアンとザカリヤが戦いをやめる気配はなかった。どちらかが倒れるまで、徹底的にやるつもりらしい。翼を奪われ、飛べなくなったザカリヤが不利かと思いきや、イアンのダメージも大きいと思われる。しかし、イアンのきは最初よりキレがあった。ダメージによるプレッシャーは皆無だ。
イアンは笑っていた。
「ザカリヤ! 降參は許さないからな! かなくなるまでやる!!」
「チッ……狂ってやがる」
ザカリヤのほうが、やや消耗しているようにも見える。一回離れたイアンが何やら(技名?)びながら薄した。
「黒旋風(ダークウィンド)殺斬撃(ディザスター)!!」
イアンはアルコから無數の黒い瘴気の塊を放った。尖ったそれはザカリヤのマーコールの角のように螺旋を描きつつ、高速でザカリヤを切り刻んだ。近接でやられたザカリヤは避けられず、煙を昇らせる。クロちゃんの鏃(やじり)攻撃にも似ているが、回転しているからより強い威力だろう。
ザカリヤは倒れなかった。黒炎の剣で薙払い、いくつか跳ね返したのがイアンの肩と大部に刺さった。イアンも倒れない。二人ともき聲すらあげないのだ。再度、鋭くにらみ合った。そこで、
「はい! 試合終了! 引き分け!!」
この迫したにらみ合いに割ってったのはメグだった。両者の間に堂々と立ったのである。
──メグさん、なんで!? 今は危ない!!
診療所を抜け出したのだろうか。この大騒ぎだ。屋にも太鼓や歌聲が響いてきたにちがいない。サチは大慌てで駆け寄った。邪魔をされたザカリヤは激高する。
「まだ終わっていないっ!!」
「もうダメ。だって大ケガしてるじゃない? これは死ぬまでやる果たし合いなの?」
「そうだ!」
ザカリヤがメグを追い払おうとしていたので、サチはメグの前に立ちはだかった。ザカリヤが押しのけたら、メグは吹っ飛んでしまう。
──メグさんを守らなきゃ
ザカリヤもイアンも頭にが上った狀態だ。止めるのは難しい。こちらへ近づこうとするザカリヤに、サチは自分から歩み寄った。
「父上! ケガの手當てをします。もう戦わないでください」
「でもこれは男の……」
「父上の勝利でした。イアンはもう戦闘不能です」
サチのしゃべり方が親子ごっこ仕様だったので、ザカリヤはうろたえた。うしろからイアンがゴチャゴチャ言い出すまえに、
「イアンとは友達やめます。臣従禮も解除するつもりでした。解除したら即刻帰ってもらいますから。どうか、矛を収めてください」
サチはザカリヤの前にひざまずき、腰に下げていた短剣で自分の腕を切った。この短剣はカオルからもらっただ。あとで調べたところ、これもチンクエディアと同じくザカリヤの武庫に保管されていた。
ザカリヤは突然のサチの行に目を白黒させている。サチのはザカリヤの足に落ちただけで、全の傷を癒していった。
「グランディス……おまえ、いったい……」
「俺のを飲んで。を浴びただけで治癒したら不自然だ」
サチは囁いた。試合終了を察して野次馬は去り始めている。だが、サチの能力を目にした誰かが、ドゥルジに告げ口するとも限らない。に治癒力を持つ魔人は珍しい。
ザカリヤはおとなしくサチのを啜った。を啜りを食らえば、魔人は回復する。皆が知っていることだ。たとえそれが特別なでなくとも。
友達やめます──サチの言葉にイアンは愕然としているだろう。メグが介抱に向かった。
──そもそも俺とイアンて、友達だっけ?
友達の定義のなんたるか。サチは首をひねる。イアンと友達になった覚えはなかった。
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