《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》77話 番人との戦い①(リゲル視點)
ユゼフが力を解放した後、ドォーン、ドォーン、ドォーン……石柱が間抜けな音を立て倒れていった。
土埃で水晶玉の中はしばらく何も見えなくなる。リゲルは開いた口がふさがらなくなった。
呆然としていたのは水晶玉の中の連中も同じだったのだろう。視界がクリアになってから、やっと骨の番人が口を開いた。
「この石柱は魔國ができた時からあり、魔界とつなぐ門を開くのに使う。ない狀態で門を開く方法を我は知らぬ」
「へっ!? 魔國ができた時からって、三千年くらいまえじゃないっすか!? そんな古い歴史のある跡を……壊し、た」
アホのティムが追い討ちをかける。ユゼフは萎した。
「すっ……すみません! 力のコントロールが、まだうまくできず……」
「ユゼフ様ぁー、別に謝ることないっすよ。でも、門を開けるのに必要な柱だったんすよね? どうやって魔界へ行くんだろ?」
「門を開くには番人である我の承認が必要だ。しかし、石柱のない狀態で門を開いたことがないので、できるかどうかわからぬ」
「よくわかんねーけど、ひとまず骨野郎をぶっ倒せばいいってことっすね! ユゼフ様、やっちゃいましょう!」
「ティム……だまっとけよ、もう……俺はこの番人と話す」
石柱を倒したことの罪悪か、ユゼフはうなだれ、さらに自信を失っている。威風堂々とした骨の番人とは対照的だ。
「も、申し訳ございません。石柱を倒してしまったことはお詫びいたします。ただ、どうしても魔界へ行きたいのです。貴殿の承認をいただくことは葉わないでしょうか?」
「我の比にならぬほどの魔力をおまえが有していることは確認した。だが、強さというのは魔力だけでは測れぬ。我と手合わせするがいい。それで判斷させてもらおう。どのみち、我が認めぬ程度の腕なら魔界で悪魔の餌食となろう」
「かしこまりました」
「チッ……結局、戦うんじゃねぇかよ? もったいぶってねぇで、さっさとおっ始めようぜ!」
「ティム、いちいち橫槍をれるんじゃない。それに番人は手合わせとおっしゃってただろう? おまえは手を出すな」
「へいへい……まっ、俺様が手助けする必要もねぇと思うけど。ユゼフ様、こんな骨相手に下手(したて)に出過ぎてやしませんかね? もっと、を張って堂々としてくださいよ」
「いや、禮儀というのは必要だ。數千年もこの地を守ってきた人だ。敬意を払って當然だろう」
「なんか、俺様……俺の個人的な主観なんすけど、ユゼフ様がこいつにビビってるように見えるんすよ。自分より目上の人、例えば親父とか先生になんか言われてる……みたいなカンジ」
「う……條件反的に卑屈になってるのかもしれんが……だが、目上の方にはちがいなかろう」
ユゼフとティムのやりとりを見て、リゲルは笑い聲をもらしてしまった。よく躾けられたユゼフに反して、奔放なティムは自分の主以外に敬意を払う必要はないと思っている。ティムの自由さをしでもユゼフへ分けられたらいいのに、とリゲルは思った。
その間、骨の番人は抜刀し、足元に刃で円を描いた。アスターのラヴァーを彷彿とさせる大剣だ。なにやらブツブツ言っているのは呪文であろう。詳しい容までは、リゲルの耳に屆かなかった。準備を終えた番人はユゼフを呼びつけた。
「よし! ユゼフよ、この円の中へれ!」
──今、名前を??
リゲルが細かいことを考えている余裕はなかった。ユゼフは言われたとおり、素直に円の中へってしまったのである。
ユゼフが円にったとたん、黒い靄がユゼフのから立ち上り、全を覆った。
「ユゼフ様っ!! なにやってるんすか!?」
ティムが慌てて助けようとしたが、はね飛ばされる。しかし、ユゼフが黒い靄に包まれたのはほんの一瞬。靄はスッと消え、立ち盡くすユゼフの姿が現れた。
「大丈夫ですかっ、ユゼフ様っっ!!」
「力が……」
「さよう。魔力を一時的に封じさせてもらった。この狀態で戦ってもらう。純粋な技量だけを測りたいのだ」
「貴っ様ぁ! ユゼフ様になにしやがる!!」
ティムが骨の番人に向かっていった。
ガキン!! チカチカ火花が飛び散っているのは、水晶玉の中でもわかる。雙剣と大剣、三つの刃が荒々しい音を打ち鳴らした。下から斬り上げる、薙ぎ払う。上から斬りつける。この作を左右逆にやる。ティムの猛攻を骨の番人は難なくけた。
「ティム、やめろ!!」
ユゼフの一喝でティムは攻撃をやめ、うしろに下がった。だが、まだ腹の蟲は収まらないらしい。
「まったく、なにやってるんすか? アホみてぇに骨野郎の言いなりになってるんじゃねぇっすよ! 力を奪い返さねぇと!」
「アホって、おまえ……」
アホはおまえじゃろ、とリゲルは思った。これはちゃんと主を見ていないティモールの責任だ。ユゼフは純樸なのだから、しようがない。
骨の番人がカタカタと奧歯を鳴らした。笑…った?
「ユゼフよ、家來のしつけがなってないようだな。の恥は己の恥と心得よ」
「す、すみません……」
「は? また、なに謝ってるんすか!? こいつ、骨っすよ? ただの骨にヘイコラしてんじゃねぇよ!」
「ティム、おまえはだまれって……」
「いーや、だまりません! ウン千年生きた骨だからどーとか、どーでもいいんすよ! 魔王のユゼフ様のほうがエラいんすから! もっと俺様の主らしく威張っていいんすよ!」
「いいから、だまれ!! 俺はこの方のおっしゃるとおりに戦って、ちゃんと認めてもらう!」
ようやくユゼフが怒気を発したので、ティムは靜かになった。骨の番人が口開く。
「ユゼフ、力を奪ってすまなかったな。ただし、能力は変わらぬから安心してほしい。むろん、我のほうも魔力は使わぬ。我に勝てとは言わぬよ。一本取れればよい。できるか?」
「はい、がんばってみます」
不作法なティムと比べ、ユゼフはまじめである。リゲルは戦闘時の冷酷殘忍なユゼフの姿に悶えし、この純樸さにキュンキュンする。
──しかし、愚直すぎやしないか? こいつはただの番人じゃぞ? いやに萎するじゃないか? 條件反とさっき言っておったが……ん、まさか?
小さな疑念が結論へ至るまえに、戦いの火蓋が切られた。
ユゼフの暗い目が鋭くなる。キラッと刃がった時にはもう、ぶつかり合っていた。初っぱなから、息もつかせぬ打ち合いだ。金屬音と呼気が骨を通じて、リゲルの鼓に響く。
剣技に関してリゲルは詳しくない。魔力なしのユゼフの強さが番人と比べてどうなのかはわからなかった。番人はそつなく剣をけているし、なんとなくユゼフはガムシャラに打ち込んでいるような気もした。案の定、
「スピードはある。パワーもなかなか……しかし、考えなしに打ち込んでいるように思える」
打ち合いから離れた時、番人はそのように評した。ユゼフは呼吸を整え、正眼に構える。上目で番人をにらむ目は本気だ。
「師に就いたことはないのか? 我流か?」
「いえ、短い間ですが、ダリアン・アスターから教えられました」
「アスター!? あの海の田舎貴族か!? 剣士というより、策謀家ではないのか?」
「今では海北部の広域ティベリア地方を治める侯爵です。くわえて防衛大臣、騎士団長も務めています。私のような素人が申しても説得力ありませんが、剣士としても優れていると思います」
骨の番人は剣を下ろし、しばし固まっていた。ユゼフの返答が気にらなかったのか。骨ゆえにが読み取りにくいが、ショックをけているようにも見える。こういう時、攻めようとしないのはユゼフらしい。
──どうやら、アスターのことを知っていたようじゃな? じゃとすると、この骨人間はやはり?
リゲルにはいくつか心當たりがあった。しかし、水晶玉越しでは気を読み取れない。確証が持てなかった。
かぬ骨となった番人に、ユゼフがおそるおそる聲をかける。
「あの、もし……番人?」
「……あっ、ああ……戦い中にすまなかった。しかし、不憫だ。優れた才を持ちながらも、親の目が狂っていたために技巧を學ぶ機會がなかった……」
「親のことを悪く言うのはやめてください」
「自分をげた親のことをかばうのか?」
「げられてはいません」
「おまえから、を奪った」
剎那、髑髏(どくろ)の眼窩がった。
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