《【本編完結済】 拝啓勇者様。に転生したので、もう國には戻れません! ~伝説の魔は二度目の人生でも最強でした~ 【書籍発売中&コミカライズ企畫進行中】》新たなる出會い
前回までのあらすじ
イメルダは若かりし頃のアニエスに似ているようで。
「あぁーん、しのミーナちゃーん!! 母上が帰ってきたわよぉー!」
ここはハサール王國西部に広がるムルシア公爵領の領都カラモルテ。その長い歴史を表すような荘厳かつ重厚な邸宅に甲高い聲が響き渡った。
突然のび聲に使用人たちが仕事の手を止める。そして聲の主を見てみれば、この屋敷の嫁にして次期當主夫人でもあるリタだった。
己の所業も顧みず、たった一言「ごきげんよう」と言い殘し、リタは脇目も振らずにマウアー公爵邸をあとにした。そして自の住む屋敷へ著くや否や、出迎えは不要とばかりにそのまま玄関へ向かってダッシュする。
何故にそんなことになっているかと問われれば、茶會に出席するため5日も屋敷を留守にしたリタは、すっかりヴィルヘルミーナ・ロスに陥っていたからだった。
この1年、生まれてからずっと一緒に過ごしてきた娘である。もちろん母は雇っているけれど、出番はリタの外出時と夜間がほとんどで、その他は時間と都合が許す限りリタ自が世話をしてきた。
そんなわけだから、屋敷へ戻ったリタが挨拶もそこそこに子供部屋へ直行したのも無理はなかった。そうしてしい娘を思い切りその腕に抱きしめたのだった。
「ミーナちゃん、會いたかったわぁ! あなたのママよぉぉ! ぶちゅー!」
「きゃはははは!」
「ママがいなくて寂しかったわよね! ごめんね、ごめんねぇ!」
天使か妖か。見紛うばかりの最の娘。そのをリタが全力で抱きしめていると、それは唐突に聞こえてきた。
「まーまー! きゃはは!」
何気ないヴィルヘルミーナの言葉。それを聞いたリタが意図せずを直させる。それから娘の頬を両手で挾み込み、間近からしげしげと顔を見つめた。
「ね、ねぇミーナちゃん……もしかして今『ママ』って言った?」
「うー?」
「言ったよね? 間違いなく私のことを『ママ』って呼んだよね? ……ねぇねぇミーナちゃん。お願いだからもう一度『ママ』って呼んでくれる?」
「あー?」
「そうそう、ママよ、ママ。言えるかなぁ……?」
じっと見つめてみる。するとおもむろにヴィルヘルミーナが口を開いた。
「まーまー?」
「ふぉぉぉぉ!!!!」
なんだかよくわからない聲を上げながら思い切りリタが仰け反った。その拍子に腕に抱いた娘を取り落としそうになるが、寸でのところで母のミランダに取り押さえられる。
「リタ様! 危ないですよ、お気を付けくださいませ!」
「ご、ごめんなさい! 私としたことが取りしてしまって! そ、それにしても……あぁーん! ミーナちゃぁぁぁぁん!! 凄いわ! いつの間に『ママ』って言えるようになっていたの!? ねぇねぇ!? ぶちゅー!!」
娘の頬に思い切りキスをしながら窺うように母の顔を見る。するとミランダが相好を崩して答えた。
「リタ様が出立されてすぐですね。ここ數日で急に言葉を発するようになりました。今のところ聞き取れたのは『ママ』と『パパ』、それと『ワンワン』くらいでしょうか」
「そ、そうなの? 『ママ』だけじゃないの!? そんなにたくさん……やっぱりうちのミーナは天才なのよ、間違いないわ!」
ブルブルと全を戦慄かせ、天を仰いでリタがに打ち震える。
世界で一番らしい娘であるにもかかわらず、さらに天才だなんて素晴らしすぎる
きっとにめた才能も唯一無二のものに違いない。
そう、うちの娘は特別なのよ!
おほほほほほ! 凄いわ! さすがは「ブルゴーの英知」の娘なのだわ!
などと心のでびながら、口では「るららぁ~!」と口ずさんでリタが踴り始める。
個人差はあるものの、普通の子であれば1歳前後で言葉を発するようになる。早ければ生後9ヵ月で話し始める子がいる中で、ヴィルヘルミーナの1歳と20日というのは特別早いわけではなかった。
それでも親というのは自分の子が特別なのだと思いたがる生きである。だからリタの反応は些か過剰ではあるけれど、同じい子を持つ親としてわからなくもない。
そんなミランダが娘を抱いたまま踴り続けるリタを生溫かい眼差しで眺めていると、ふとリタがなにかに思い當たった。
「ちょ、ちょっと待って。ねぇミランダ。いまミーナが『パパ』って言ったと言ったわよね? ということは、まさか……」
「はい申されました。あれは間違いなく『パパ』でしたね。実はたまたまその場にフレデリク様も居合わせまして。あの喜びようったら本當にお見せしたいくらいでしたよ」
その時のことを思い出し、にこにこと嬉しそうにミランダが語る。それを目に、なぜかリタがショックをけたようにノロノロと獨り言ちた。
「ま、負けた……フレデリクに負けてしまったわ……私の方が何倍も一緒にいるのに……ねぇミーナちゃん……どうして……どうして……がーん……」
「まーまー?」
打ちのめされた顔でがっくりと項垂れるリタ。その頬を紅葉のように小さな手でペチペチと叩きながら、ヴィルヘルミーナはつぶらな瞳を見開いて不思議そうに見上げていたのだった。
◆◆◆◆
けたショックからしばらく立ち直れないかと思われたが、そこはそれ、すぐにリタは気を取り直した。
そして娘を抱っこしたまま子供部屋を出たのだが、ふとイメルダを放置してきたことを思い出し慌てて玄関へと舞い戻る。
するとそこには律儀に待ち続けていたイメルダがいた。その彼へヴィルヘルミーナを見せびらかしながらリタが告げる。
「はぁーい、ミーナちゃーん。このお姉さんが新しくママのお友達になった人でちゅよぉ。ご挨拶してねぇ」
「あーうー」
と名高かった時代のリタを彷彿とさせる顔の造形と、金糸のように輝くプラチナブロンド。一目で親子とわかるほどにそっくりなヴィルヘルミーナを見たイメルダは、年甲斐もなく「まぁ、可いぃ!」とんでしまいそうになる。
けれど相手が辺境侯爵家の一員である事実を思い出し、寸でのところで思いとどまった。それでも(とろ)けるような表を隠し切れずに挨拶を返した。
「ヴィルヘルミーナ様ですね。初めまして、私はイメルダと申します。リタ様と魔の研究をするためにマウアー公爵領から參りました。お見知りおきください」
「ばーうー」
相手が1歳の児にもかかわらず、決してイメルダは丁寧な姿勢を崩さない。それは生真面目かつ堅で有名な彼らしいといえば彼らしいのだが、実際のところそれは適切な態度だった。
たかが1歳児ではあるけれど、あくまで相手は貴族である。それも國を代表する大貴族家の孫なのだから、魔師と言いながら所詮は平民でしかないイメルダにとっては雲の上の存在に他ならない。
それでもイメルダは無意識にき始める両手を止めることができなかった。目の前にいる可い生きにれたくて仕方なく、辛抱堪らんとばかりに10本の指をワキワキとかした。
それを見たリタが悪戯っぽい顔で言う。
「あらぁ、ミーナちゃん。このお姉さんがあなたを抱っこしたいみたいよぉ。どうしゅるぅ? 抱っこされちゃいまちゅかぁ? あぶー!」
「きゃははは!」
「あら、そう? いいの? それじゃあミーナちゃん、お姉さんに抱っこしてもらいまちょうねぇ。――はい、どうじょ!」
リタが得意そうにヴィルヘルミーナを差し出してきたけれど、さすがのイメルダも躊躇してしまう。単にイメルダはぷにぷにのほっぺにれてみたかっただけで、抱き上げるだなんてあまりにも恐れ多すぎた。
正直に言えば抱っこしてみたい。あのらかそうな頬に頬ずりしてみたかった。赤ん坊とのれ合いなどこれまでほとんど経験のないイメルダは、思わず己の求に負けそうになったのだが、ふと周囲の様子に気付いて我に返る。
見れば使用人たちが遠巻きにしていた。そしてなんと聲をかければ良いのかわからず戸っていた。
もっともそれは無理もない。だらしなく顔を緩めて喃語(なんご)混じりの赤ちゃん言葉を垂れ流すリタを、これまで誰も見たことがなかったのだから。
ふわふわとしたくるしいのような外見にもかかわらず、思いのほか気が強く、生真面目かつ頑固な格のリタは、その二つ名である「ムルシアの魔」とともに屋敷の使用人たちから畏れられていた。
もちろん悪い意味ではない。未だ若輩者ではあるけれど、まさに才兼備のリタは伝統と格式が支配するムルシア家の嫁として一目置かれていたのである。
そんなリタが隠していた姿を呈させた。いつもの凜々しい表を忘れ去り、娘可さのあまりデレデレになっていたのだ。
果たしてどういう反応をすればよいのか。それすらわからぬままに使用人たちが戸っていると、それに気付いたリタが気まずそうに居住まいを正した。それからわざとらしい咳払いとともにイメルダへ告げた。
「えぇ、ごほん! そ、それではイメルダ。貴のお部屋はあちらに用意しましたので、今後はそこで寢起きするように。すでに家類は用意しましたので、あとの細々としたものは擔當のメイドに言いつけなさい。食事と風呂は使用人たちとともにしていただきますのでそのつもりで。それから――」
喃語(なんご)がりれる親馬鹿モードから打って変わって、すっかり若奧方然とした態度へ切り替わったリタは、背後に佇むイメルダへテキパキと指示を出し始める。
そうして一通りの説明が終わる頃に、背後から突然聲がかけられた。
「これはこれはリタ様。やっとお戻りになられましたか。失禮ながら一足先に寛がせていただいておりましたぞ。旅の疲れも癒えぬうちから申し訳ありませんが、今後の打ち合わせをいたしたく存じます。このあとしお時間をいただいきたいのですが、よろしいでしょうか?」
丁寧な口調ではあるものの、言葉の端々からは居丈高さが滲む聲。同じ大陸公用語ながら訛りが散見されるところを見ると他國人だろうか。
そんなひょろりと背の高い40代後半と思しき男をイメルダが探るように眺めていると、リタが男に向き直った。
「あぁ、ごめんなさいね。貴方の到著を待つ予定だったのですけれど、間の悪いことに出掛ける用事がってしまって。それでどう? 旅の疲れは癒えまして?」
「おかげさまでゆっくりさせていただきました。準備萬端整いまして、すぐにでも始められますよ」
「それはよかったですわ。ときに鳩のサブレはお元気?」
「それもおかげさまで。奴は相変わらず元気にしておりますよ。あとで呼び出してみましょう。――ところでそちらのお方は? 見たところ魔師とお見けしますが」
無遠慮にジロジロとイメルダを眺めながら男が言う。それへリタが答えた。
「あぁ、こちらはイメルダ。この度ご縁がありまして、他家から引き抜いて參りましたの」
「ほぉ、そうですか。ならば私の同僚ということになるのですかな?」
「そう思っていただいて結構ですわ。――それでイメルダ、紹介しますわね。こちらはレオポルド・エスピノ殿。ブルゴー王國の一級魔師にしてエスピノ伯爵家の當主でもあるお方ですの。これから貴の同僚となる仁ゆえ、なにとぞ仲良くしてくださいましね」
互いにひょろりと背が高く、細く痩せた中年の男。
顔はまったく似ていないものの、どこか似たような雰囲気を漂わせる二人を前にそう告げたリタの顔には、どこか悪戯っぽい表が浮かんでいた。
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