《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》83話 報告(リゲル視點)
イザベラとリゲルが居間でくつろいでいる間にお茶會は終わったようだ。仕立て屋がたくさんの生地やレース、リボン、とりどりの裝飾品を持って屋敷を訪ねてきた。
殺風景だった居間はたちまちディアナとユマのファッションショーに変わる。アンジェリーヌ夫人はミリヤのお姫様スタイルに絶したり、ディアナたちの著せ替えゴッコに歓喜した。
「まあ! かわいい!! ステキ!!」
キャッキャッするアンジェリーヌ夫人を橫目にリゲルは大あくびした。する主が戦う姿を夜遅くまで堪能していたから、眠いのである。イザベラもオシャレには興味があるようで、生地やデザイン畫、試著用ドレスを味している。
こういった遊興費はユゼフがたんまり渡していた。とは金のかかる生きだ。男のファッションに対する意識とは大きな違いがある。男のそれは存在を誇示したり、自己主張のため。はっきりとした目的あっての手段である。一方のは男と同じ意味を含むものの、娯楽や同士のコミュニケーションツールとしての役割が強い。
──特にディアナみたいなはな? 関係を維持するには金と地位が必要じゃぞ?
リゲルは心のなかで獨りごちる。ユゼフのような剛毅木訥、地味で純樸な男とディアナは正反対に位置する。本來、リゲルの敵は亡くなったモーヴのような清廉な人であった。
──じゃが、障害がなくなった今、必然的にくっつこうとしてるんじゃよな。ユゼフもそのうち目が覚めるとは思うが……
くだらないファッションショーのあと晩餐となり、ディアナたちの食べ殘しをリゲルはミリヤや他の侍たちと食べた。同じテーブルにつかない侍従らは、主の食事が終わってから食べ殘しを食べる。通例だ。
夜はぼーっとはしてられない。ディアナがイザベラを呼びつけた。魔國でなにがあったか、報告を聞くためである。リゲルはイザベラに付き添って、仮住まいのディアナの部屋にった。
王と言うより姫様の部屋だ。ピンクの天蓋つきのベッドや銀のテーブルには瓶詰めのお菓子、鏡臺にはキラキラしたアクセサリーが置かれている。壁には花や蝶、小が描かれたタペストリー。飾り棚にもの子が好きそうなかわいらしい置や人形、きれいな瓶、缶、箱が所狹しと並んでいた。
本や薬瓶でグチャグチャのイザベラの部屋とは対照的である。部屋に使用人をれたがらないため、なかなか掃除ができないのだそう。
イザベラの汚部屋で休んでいたところ呼び出されたので、リゲルは々気後れした。
──なんじゃ? この子力の差は?
薔薇柄のカバーが張られたスツールにディアナは腰かけ、余裕の笑みを見せる。傍らには、まだお姫様モードのミリヤが立った。
「……で、私の婚(・)約(・)者(・)は魔國でなにをしていたのかしら?」
「元婚約者ですわよね? 彼、もう王子の分を捨てると言ってますし、ディアナ様とは無関係ですわよ?」
汚部屋に住むイザベラ強し。ディアナのジャブをなんなくよけた。しかし、ディアナも負けてはいない。ユゼフがいるというのに、サチの存在は別枠として必要らしい。
「分を捨てるって……自に流れるを変えることはできないわ。私とシャルル(サチ)はのつながった従兄妹だし、婚約の解消だってまだしてないんだからね? イザベラ、あなたの橫暴がギリギリで許されるのも、私の婚(・)約(・)者(・)であるシャルルの居所を追っていたからなのよ? そこらへん、ちゃんと認識しておきましょうね?」
「殘念ながら、サチとディアナ様の認識には隔たりがありますわ。サチはディアナ様と結婚する気はまったくないの。サチからの言葉を伝えますわね。“ディアナのことはユゼフに任せる。俺はそれなりに元気だから、忘れてくれていい”……だそうです」
「ユゼフに任せるっていうのは、ユゼフに遠慮したんでしょう。彼、優しい人だから」
「つまり、ディアナ様のことは好きではないってことですね」
「勝手に注釈つけないでくれる? 彼がを引いたのは當然のことよ? 國を取り戻す目途が立たなければ、私とは結婚できないでしょう? 彼が王や王子の分なら私と結婚する資格があるけど、今はただの亡命者だものね」
「ま、ディアナ様の名譽を傷つけないため、そういうことにしておきましょうか」
イザベラは引き際をわきまえている。自の考えは決して曲げず、丸く収めた。ディアナも言い負かされたわけではないので、不な爭いはやめる。
「そんなことよりシャルルは元気なの? 魔國でどんな生活をしてるのよ? 私は心配してるのよ? 囚われのとなって別れて以來、一度も會ってないんだもの。拷問されたとかいろいろ聞いてるし……」
「サチのケガは治りました。元気にしてますよ。ただ、ニーケ様のことで後ろ向きにはなってますが。お父上のザカリヤ様の所で暮らしています」
ザカリヤの名を聞いて、ディアナの目のが変わった。ザカリヤの名聲はグリンデルのみならず、アニュラス中に広まっている。
「ザカリヤ!? あのザカリヤ・ヴュイエ!?」
「ええ。世間の評判以上の丈夫ですね、ザカリヤ様は。魔人になってもしさは変わらず、です」
「へぇー……お父様と一緒なら、シャルルも安心でしょう。よかったわ」
ディアナの肩が下がる。安堵するところをみると、サチのことは本気で心配していたようだ。リゲルからしたら、ユゼフかサチかどっちかにしろと言ってやりたいところだが。両方手にれたいとは強すぎる。
ここで、イザベラが噂好き子さながら、一等級のゴシップをぶちこんだ。
「サチがナスターシャ王の息子というのは噓です。実際は亡くなったクラウディア元王妃とザカリヤ様の息子なんですよ」
「そうなのね、やっぱり! シャルルはクラウディア王妃の肖像畫とそっくりだもの。伯母様ったら、みっともない噓をついてまで、ザカリヤの気を引きたかったのかしら」
「あのザカリヤ様が原因なら、ナスターシャ王の奇行も理解できますね。を狂わせるほどのしさですから」
「見てみたいわ。シャルルと並ばせて親子を観賞したい」
子トークはとどまるところを知らず。本題にるまで々時間がかかった。の世界では、線、寄り道は通常営業である。
「ところで今、ユゼフは臣従禮を解除しに魔國へ行っているでしょう? ミリヤの話では臣従禮を解除すると、シーマが目覚めるらしいのよ。だから、ユゼフが臣従禮を解除したタイミングで、シーマの息のを止めてやるのはどうかって。そうすればユゼフは死なないし、全部丸く収まるわ」
ディアナの視線はリゲルへと移った。同時に半見せのお姫様、ミリヤからも視線を當てられ、リゲルは戸う。
「ユゼフとの連絡手段を持ってるのはリゲル、おまえよね?」
「リゲルは協力すると申してます」
即座にミリヤが合いの手をれる。これでリゲルの逃げ場はなくなった。
「まあな、約束したからには協力するが……」
リゲルが答えると、ディアナはホッと息をつき表を緩ませた。
「うん! これでもう、萬事うまくいくわ! きっと、騎士団の連中も私にひざまずくでしょう。ねぇ、イザベラ。シャルルに來てもらうのは無理かしら? シャルルほど優秀な人を魔國に捨て置くなんて、もったいない。グラニエだけ騎士団に帰ってきてるって聞いたわ。グラニエがシャルルのもとを離れるなんて、おかしな話よね? 魔國に長居するつもりはないんじゃない?」
「どうでしょうねぇ。今すぐには傷心中ですし、無理かと思いますが……」
「相談役でも參謀でもなんでもいいわ。ユゼフと二人で私のことを支えてほしいの。なんなら、ザカリヤも連れてきたらいい。魔人って人間に化けられるのかしら?」
要は自分の周りに、いい男をはべらせたいのだ。リゲルはディアナの図々しさに苦笑するしかなかった。
──に正直なじゃな。思いのほか、強敵に育ってしまったが
「そうそう、イアンのことを言い忘れてましたわ」
ハタとイザベラが手を叩いた。お使いに出かけて、ハンケチを忘れてしまった程度のノリだ。イアンは彼らにとって、その程度。
「イアン? イアン・ローズ? 主國の騎士団にいるって話でしょ?」
「今は魔國にいるんですよね。こちらも、サチとしたの臣従禮を解除するみたいです」
「謀叛の時の証言者としてイアンの存在は重要だったけど、シーマがいなくなってくれれば、存在意義は薄れるわね。騎士としては優秀なんでしょ? 他の騎士どもと一緒に召し抱えてやってもいいわ」
「ま、そうですね。ディアナ様に仕えたら、またミリヤにちょっかい出してきそうですけど……あやつ、ユゼフの眷屬みたいなんですよ。だから、騎士団でも特別扱いだったみたいです」
「人間じゃないの?」
「五年前、魔國で死にかけてるところをリゲルが助けました。ユゼフのを使って、蘇らせたから眷屬なんです。ユゼフはどんくさいから、作できないみたいですけど」
「そうだったのね。まあ、イアンにそこまで興味はないわ。魔國で監された恨みがあるから、ちょっとぐらい仕返しはしてやりたいけどね。うーん……城の周りを馬車で引きずって一周させるとか? 夜會でで給仕させるとか? ひと月、裝させるのもいいわね」
「バカで頑丈だから、ちょっとやそっとのことではダメージを與えられません。後者の二つは逆にご褒ですよ」
ディアナとイザベラは華やかな笑い聲をたてた。ここでは、イアンもお笑い擔當だ。ディアナとイザベラは軽んじている。彼こそ、彼たちが探しているシオン王子とは夢にも思わないのだ。リゲルはほくそ笑んだ。
──協力するとは言った。じゃが、邪魔をしないとは言ってないからな?
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