《やり込んだ乙ゲームの悪役モブですが、斷罪は嫌なので真っ當に生きます【書籍大好評発売中&コミカライズ進行中】》狹間砦の戦い3 リッドの出陣
「ルーベンス。父上のことをお願いね」
「はい。私も、命を賭してお守りいたします」
彼が畏まると、父上は首を橫に振った。
「私は、まだ守られるほど衰えてはおらんぞ。お前こそ、まずは自分のを第一に考えろ。よいな?」
「は、はい。承知しました」
ルーベンスが一喝されて頭を軽く下げると、団員達から笑い聲が溢れる。
僕はその中で彼の傍に近寄って耳打ちした。
「ねぇ、ルーベンス。昨日の夜だけど、ディアナと何かあったの?」
「えぇ⁉ み、見ていたんですか⁉」
「いやいや、そうじゃないけど。たまたま、窓の外を見たら二人が気まずそうにしている姿が見えたんだ。それに、今日も朝から二人揃って微妙な雰囲気だし……」
「うぐ……⁉ 副団長に昇格して勢いで結婚を申し込んだのですが……」
彼はそう言うと、チラリとディアナを一瞥して、決まりが悪そうに続けた。
「『決戦前夜に結婚の申し込みなんて、悔いがないようにして死ぬ気ですか? 縁起でもない。そもそも、こんな時に結婚の申し込みなんて……卑怯者のすることです。正直、見損ないました。この弱者』……と怒られてしまいまして」
「あぁ~……そういうことね」
「はぁ。クロスさんにも、『ちゃんと気持ちを伝えておけよ』って言われていたんですけどね。まさか、あんなことになるとは……」
ルーベンスは、しゅんとして肩をがっくり落としてしまった。
ディアナの気持ちも、わからないではない。
決戦前夜に結婚の申し込みをした挙げ句、『この戦いが終わったら、俺は結婚するんだ』なんて言おうものなら、語で言うところの戦死フラグだ。
彼なりに、発破をかけるつもりの言葉だったのだろう。
でも、さすがはルーベンスというか。
その意図に気付いていないらしい。
「はぁ……。相変わらず、ディアナも大変だなぁ」
「え? 何がです?」
きょとんと首を傾げる彼に、僕は耳打ちを続けた。
「いいかい? ディアナがルーベンスと結婚したくないわけないでしょ。君にこの戦を生き抜いてほしいのさ。だからこそ、強い言葉を返したんだよ」
「あ……⁉」
ルーベンスがハッとして、目を見開いた。
「それにさ……『こんな時に結婚の申し込みなんて卑怯者のすること』って彼は斷ったんでしょ。じゃあ、平時なら『申し込みけていた』ってことじゃないのかな。いつか言ったように、ディアナの真意を考えてみなよ」
「……⁉ そ、そうですね。わかりました。今は、この戦いを生き抜くことだけを考えます。リッド様、ありがとうございます」
彼が生気を取り戻して顔を上げたその時、「ルーベンス、隊をかすぞ」と父上の聲が靜かに発せられた。
「畏まりました。では、リッド様。これにて、失禮します。ディアナ、また後でな」
彼は敬禮すると、靜かに父上の傍について隊に指示を出していく。
ディアナは、ルーベンスに向かって頭を下げ、「どうか、ご武運を」と小聲で呟いた。
「……聞こえるように言ってあげればいいのに」
傍にいた僕には聞こえたけど、彼の聲は走っていったルーベンスの耳には屆いていないだろう。
ちなみに、彼の服裝はメイドでなく騎士姿だ。
ディアナは顔を上げると、小さく首を橫に振った。
「いいのです。私達がいま優先すべきことは私でありません。それに彼の場合は、こうした方が頑張ってくれますから」
「そっか。じゃあ、きっと凄い武功を上げてくれるよ」
「はい。やってくれるはずです」
ディアナは、普段通りの表で寂しげに呟くと、ルーベンスの姿を目で追っていた。
つられるように僕も目をやれば、彼の傍には馴染みのネルスが補佐するように立っている。
二人の指示により、彼等の隊がし離れた場所に移していく。
「では、私もそろそろ行かねばな。リッド。武運を祈っているぞ」
「はい。父上もご武運を」
「うむ」
父上は笑みを浮かべてと頷くと、アモン、ノアール、ラガード、ルーベンス達がいる隊の先頭に立って森の中を進んでいく。
やがて、父上達の姿は見えなくなった。
「リッド様。あまり時間がありません。我等もきましょう」
「……うん、そうだね」
クロスの言葉に頷くと、彼を中心としてディアナとカペラが隊の皆に指示を出し始めた。
エルバの陣を目視できる場所に移した僕達は、森の中で隊列を整えて作戦開始の時を待っている。
あと、三分。
腰にある懐中時計で時間を確認すると、僕は後にいる皆を見回した。
甲冑をにつけた騎士の皆は、敵に居場所がばれないよう外套を被っている。
息を潛めてはいるが、溢れ出る殺気と闘志の籠もった気配は屈強そのものだ。
勿論、僕も甲冑をに著けている。
ただ、きが取れなくなるような重いものではない。
エレンやアレックス達が製作してくれた軽くて、頑丈な特別製の鎧だ。
二人が開発した特殊合金と特殊生地。
『形狀変化魔合金』と『形狀変化魔合生地』で造られているらしい。
僕が歳を重ねてが長しても、問題なく裝備できる工夫がされているそうだ。
曰く、裝備者の魔力を魔合金が吸収もしくは放出して、大きさを変化させことができるとのこと。
今につけている『完品』をもらったのは、本屋敷出発前。
エレンとアレックスが、父上から裏に注文をけていたらしく、ぎりぎり間に合わせてくれた代だ。
『形狀変化魔合金』は眉唾ものだけど、試す時間も無かったから「へぇ、そうなんだ」と納得しておいた。
「リッド様。殘り一分。もう間もなくです」
「うん。わかった」
耳打ちしてきたクロスに頷くと、僕は深呼吸をした。
この場にいる兵力は、僕と第二騎士団の分隊長の子達を含めて約二〇〇〇。
別働隊の父上の兵力も約二〇〇〇。
そして、狹間砦に殘してきた兵力は約五〇〇〇。
バルディア家が狹間砦防衛の為に用意できた戦力全てを、この作戦に導している。
砦の改裝、アリア達による敵將の狙撃、僕達の影武者による攪、ラファへの調略……今までのきは、これから行う作戦のための前準備だった。
ここまで、上手く事は進んでいる。
次の一撃で、この戦の勝敗全てが決まるだろう。
「……リッド様、時間です。參りましょう」
クロスの言葉で僕は立ち上がると、皆に振り返る。
「全ては手筈通りに進んだ。後は、息を潛めここまでやって來た僕達が、この戦いに終止符を打つだけだ」
「おぉ!」
騎士達は聲を上げると、外套をぎ捨て真っ赤な甲冑姿をわにする。
そして、バルディアの家の紋章と百足の絵が描かれた旗を高く掲げた。
「いくぞ、皆。敵の本陣まで一気に駆け抜け、エルバ・グランドークを倒すことだけを考えるんだ。ここで、負ければバルディアの明日はない」
聲を高らかに発したとき、騎士達の足下から子貓が僕の足下にやってきた。
「クッキー?」
いつの間についてきたんだろう。
首を傾げたその時、彼はをライオンのように大きくして僕を背中に乗せた。
「……⁉ 一緒に行ってくれるのかい?」
彼は僕の問い掛けに頷くと、咆吼を上げた。
「よし。皆、いくぞ」
「おぉおおお!」
鬨の聲を上げて森を出た僕達は、エルバのいる敵陣目指して一気に戦場を走り出した。
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