《【書籍化決定】公衆の面前で婚約破棄された、無想な行き遅れお局令嬢は、実務能力を買われて冷徹宰相様のお飾り妻になります。~契約結婚に不満はございません。~》アフターストーリー③ 3枚の手紙
ーーーアレリラに、第一子が生まれたばかりの頃。
「いや、どうしろってんだよ……!」
三枚の手紙を前にしたフォッシモは、自室でいていた。
姉らが新婚旅行で領地を訪れた辺り……いや、姉が義兄と婚約すると言い出した時から、何かが狂い始めている気がする。
あの後、子爵位を継ぐ予定を立てていたのに、一度それが延期になった。
最初の理由は、【魔銀(ミスリル)】が金山から採掘されたこと。
それを売ってしいと目の変えた來客が頻繁に、様々な理由をつけて訪れるようになり、責任者として対応に追われたせいで仕事が滯った。
ただの來客ならともかく、相手の爵位が上だったりすると、父がうっかり頷かないように目をらせる必要もあり、自分も対応して義兄の名をちらつかせなければならなかった。
―――何で俺が?
そんな理不盡さをじつつも『式典などやっている場合ではない』とびびになっているに、今度は魔被害だの【災厄】だのが襲いかかって來た。
慌てふためくだけの父にキレたフォッシモは、『しばらくどっか行け!』と、祖父に連絡を取ってタイア子爵領に母共々叩き込み、実質領主として種々の対応を行った。
そこで母が祖父と和解したらしいのは良いのだが、狀況が落ち著いた頃には、気づけば二年近くが経っていたのだ。
慌てて準備を行い、社シーズンになったことと姉の懐妊にかこつけて、帝都のタウンハウスで適當に式典を行おうとしたところ。
何故かウェグムンド侯爵家のタウンハウスと姉の私財を貸し出されて、ド張の中で爵位相続のお披目をする羽目になった。
そして、この一枚目の手紙である。
「何で、継いだばっかで陞爵(しょうしゃく)の案が來るんだ……!?」
陞爵、つまりダエラール家が子爵家から伯爵家になるのだ。
理由は『帝室に供給された【魔銀(ミスリル)】が【災厄】の対処に貢獻したから』というもので、帝王陛下のサインと共に玉印が押されていて、拒否権なし。
その手紙と合わせて、二枚目の手紙。
姉からの手紙で『陞爵に伴う領地配分をけ取るように』と書かれていて、つまり管理すべき領地が増えるのである。
姉自も伯の爵位を同じ件でけ取るが、領地分配は斷ったという。
その分まで合わせた領地……つまり『魔銀鉱山の周辺にあるウェグムンド領の一部』までもダエラール領になる、と。
―――マ ジ で ふ ざ け ん な よ ! !
姉に頭の上がらないフォッシモは、心の中でどれだけ悪態を吐こうとそれを拒否出來ない。
鉱山自の所有権は姉のままなので、【魔銀(ミスリル)】狙いのハイエナどもを捌くのは、今まで通りに出來るが……。
どちらにしたって、今以上に仕事が増えて過労死する未來しか見えない。
金採掘代行手數料やら、かになった領地やら、姉に言われた絹の生産やらで領の収はうなぎ登りなので、伯爵への陞爵式典を行う資金については問題ないのが、 不幸中の幸いだ。
―――いや、何が幸いだよ!
割と昔から、父の代わりに領地運営を擔っていた姉の薫陶(くんとう)をけているフォッシモは、悲しいかな、どんな狀況でもまず『領地運営を圧迫しない為の金勘定』を心配してしまう。
「人材が必要だ……それも金勘定が出來て、頭の回転が早くて、信用出來る人材が……」
死んだ目で頭を振った後、フォッシモは改めて三枚目の手紙に目を向ける。
誰あろう、公爵令嬢ミッフィーユ・スーリエからの手紙である。
記念式典でご挨拶をわした後、何故か猛烈な量の手紙が來るようになったのだ。
日常の些細なことが書かれたものから、現在姉の下で働いている際に起こったこと、領地運営に役立ちそうな帝都での流行りなど。
ミッフィーユ嬢の手紙の容は役立つことも多く、読んでいて楽しい筆致で描かれている。
彼ご本人には伝えていないが、當時貴族學校で下級生だったミッフィーユ嬢は當然有名であり、大変可らしい方だとも思っていた。
姉が変わり者で優秀と有名であろうとも、フォッシモ自は『それなり』の域を出ない人間なので、相手の目には留まっていなかった筈だ。
しかし何が気にったのか、手紙の最後には必ずデートのいが添えられており、彼は社シーズンの間に結構な頻度で、それも唐突にタウンハウスを訪れて來ていた。
『手紙や早馬による先れ』というのは、當日の數時間前に出すものではない筈だ。
もう一度言うが、彼自は大変可らしく、聡明な方である。
だが。
「……いや、釣り合わねぇだろ」
たった今陞爵の案があったものの、子爵家は下位貴族であり、公爵家は帝室に連なる統……つまりミッフィーユ嬢は、ご令嬢の中のご令嬢である。
認められるわけがない。
子爵令嬢でありながら筆頭侯爵である義兄と結婚した姉が、そもそも例外過ぎるのだ。
まして婿養子りですらなく、子爵家に公爵令嬢が嫁ぐとなれば……時代が時代なら『下賜』と呼ばれてもおかしくない狀況である。
何故彼が、それ程自分に執著しているのか。
もしや陞爵すらミッフィーユ嬢の差し金か、とフォッシモはし疑心暗鬼になっていた。
あまりにも困し過ぎた為、とりあえずウルムン子爵に相談することにする。
爵位も年齢も近い彼と、フォッシモは薬草の生産について相談するに仲良くなっていた。
彼も彼で、あのロンダリィズ伯爵家の末娘、エティッチ嬢と婚約していたからだ。
爵位が一つ違いであろうと、子爵の分でありながら伯爵家という上位貴族との縁。
まして、財力と功績で言えば帝國で指折りの伯爵家との婚約である。
『ミッフィーユ様とでは、婚約を申し込むにしても分が釣り合わな過ぎるのでは』と問いかけたフォッシモは、いつになく真剣な目をした彼にガシッと両肩を摑まれた。
『良いですか、それを決して、スーリア公爵令嬢の前で言ってはいけません。土下座するハメになりますよ……!』
重々しく助言をするウルムン子爵の迫力に思わず頷いてしまったが、だからと言ってどうしたら良いものか。
―――そういえば、姉上は何も言ってなかったな……。
と、フォッシモはふと思いつく。
ミッフィーユ嬢が姉の部下になっているということは、もしかしたらこの件について何か知っているのではなかろうか。
そう思ったフォッシモは、次に姉へ連絡を取り、ウェグムンド侯爵家のタウンハウスに赴いた。
生まれたばかりの姪、ウーユゥが彼の腕に抱かれており、當然ながら義兄は公務で不在である。
「は大丈夫? 姉上」
「お様で健康です。伯爵への陞爵、おめでとうございます」
いつも通り無表でそう告げる姉に、フォッシモは眉を寄せた。
「大半、姉上の策略でしょう?」
「ダエラールの家が発展するのは、良いことです」
全く苦言が響かない姉が、そう言ってから珍しく微笑む。
「貴方なら全てこなせますよ」
「……勝手な期待だね」
ため息を吐いたフォッシモは、本題にった。
「ミッフィーユ嬢の件なんだけど」
「ええ」
「どうすれば?」
姉を相手に遠回しな言いなど無駄なので、率直にフォッシモが問いかけると。
「良いご縁では?」
と、即座に返された。
―――これは絶対、何か知ってるな。
姉が即斷するということは、基本的にそういうことである。
狀況が定まっていない事の判斷に関して、姉ほど慎重な人間はそうそういないのだ。
「つまり、俺は好きにして問題ないと?」
「ええ。一つ伝えておくと、ミッフィーユ様は大変優秀な方であらせられます。ご縁が結ばれるのであれば、貴方の領地運営も楽になるかと」
それは、非常に魅力的な助言だった。
優秀な人間は、今すぐにでもから手が出るほどしい。
手紙の容からしても彼が優秀であることは疑いがないが、姉からのお墨付きである。
「もう一つ聞きたいんだけど」
「どうぞ」
「他に、優秀な人材を融通して貰えたりは?」
「鉱山運営に関しては、人材を派遣しているかと思いますが」
「出來れば、恒常的に領地全を一緒に見てくれる人材がしいんだけど。うちの家令もそろそろ、無理させられない年齢だし」
「良いでしょう。エティッチ様より、ベックスという年が『ロンダリィズ領を出て、帝都で一度働きたい』と申し出ているとお聞きしております。一年帝都で育した後、ダエラール家令候補として派遣するというのは?」
「何歳くらいなんです?」
「12歳ですね」
「いや即戦力がしいんだけど!?」
「落ち著きなさい。話にはまだ続きがあります」
姉は、しぐずり始めたウーユゥを揺らしてあやしながら、さらに言葉を重ねる。
「ウェグムンド侯爵家の執事長オルムロも『そろそろ隠居を』とんでおります。ちょうど良いので最後の仕事として、繋ぎに彼を派遣しましょう」
「……結局、無理はさせられねーよな?」
「オルムロはまだまだ元気ですよ。彼はおそらく、ぺフェルティ領にしばらく滯在したいとんでいます。あそこの易街はペフェルティ伯爵夫妻の影響で、味しいお菓子が富なので」
「菓子ぃ?」
「彼は甘いものに目がないのです。隣のダエラールであれば距離的には帝都よりも遙かに近いので、おそらく了承してくれるかと。たまに休暇をあげてください」
「それはもう。使用人は大事に、と姉上に叩き込まれてますしね」
おで忙しいのだが、これ以上仕事を振ると、今度は周りの休みが減ってしまうのだ。
ウェグムンド侯爵家の家令が手伝ってくれるなら、最強の助っ人である。
「それなら、なんとかなるかな……ありがとう」
「ええ、すぐに手配しておきます。頑張って下さい」
「これ以上頑張ったら倒れるよ。今でも倒れそうなのに」
両手を広げてぐるりと目を回したフォッシモは、侯爵邸を後にした。
そしてミッフィーユ嬢に手紙を認め、合間をってデートの日取りをなんとか決めて、贈りを購し、待ち合わせのカフェへと赴く。
そのままお茶の時間、となったのだが。
「フォッシモ様。あーん!」
「じ、自分で食べられますから……!」
「あら、私の手ずから食べるのはお嫌ですか?」
やっぱりめちゃくちゃ積極的なミッフィーユ嬢にパフェの乗ったスプーンを差し出されて怯んでいると、彼がしゅんとしてしまった。
―――これは不味い。
そう思って、顔が熱くなるのをじながら告げる。
「いや、決してそういうわけでは……!」
「では、あーん!」
と、コロッと表を変えた彼にスプーンを突きつけられ、仕方なくそのまま食べた。
―――とんでもなく恥ずかしいんだが?
周りの視線が痛い気がする。
見るのが怖くて、注目されているのかどうかすら確認していないが。
そして、パフェを飲み下した後、フォッシモは意を決してミッフィーユ嬢に聲をかける。
「あの、ミッフィーユ嬢」
「はい!」
ニコニコと満足そうなミッフィーユ嬢に、フォッシモは贈りを手渡す。
「その、これを」
中は、フォッシモが可らしいと思ったブローチだ。
箱を開けたミッフィーユ嬢が、パァ、とこれ以上明るくなりようがあるのかと思った笑顔を、とろけるようなものに変えた。
その本當に嬉しそうな表に、思わず目を奪われる。
「まぁ! 素敵ですわ! これを私に!?」
「はい。贈り、です」
乾いたで返事をすると、ミッフィーユ嬢と目が合った。
正面から見つめられて、さらに顔が熱くなる。
―――可い。
「嬉しいですわ!」
「あの、それと」
「はい!」
ゴクリと唾を飲んだフォッシモは、人生で一番張しながら、その言葉を口にした。
「その、私と、結婚を前提に、正式にお付き合いしていただけませんか?」
すると、ミッフィーユ嬢がビシリと固まってしまった。
「あの……?」
―――まさか、勘違い、なんてこと、ないよな?
そんな不安を覚えたフォッシモに、直の解けたミッフィーユ嬢が、顎を引いてチラリと上目遣いをし、頬を染める。
はにかんだ仕草が、先ほどの笑顔を超える程に可くて。
―――いや、反則だろう!
今度はフォッシモが言葉を失っていると、ミッフィーユ嬢が口を開いた。
「はい! 喜んで!」
こうして、未來のダエラール伯爵は、生涯連れそう伴との際を結んだ。
今後、フォッシモは彼に一生振り回されることになる。
旦那自慢の為に本を出版させられたり、公爵領で講演をさせられたり、公族の補佐として各國を飛び回らされたりもするのだが……。
なくとも、それを不幸だと思ったことは、一度もなかったようである。
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