《【書籍化決定!】最強スキル持ちは、薬草採取しかできない》87 敗北者の後悔【ブランセイウス視點】
宰相ブランセイウスは、追いつめられていた。
王位継承問題。
従來の候補者が消え去ってしまったことで、彼が即位することはもはや不可避の勢となっている。
ブランセイウスとて元々は王族に生まれた男。
かかる義務から目を背けるほど無責任ではなかった。他にいないというなら謹んで重荷を背う覚悟はある。
しかしそれでも我慢できないことはあった。
大聖教會のきだ。
結託することで王の権力を、まるで我がもののように振るい続けてきた寄生蟲。
自分たちの子飼いである聖を、確実に王妃とするために『勇者』なるシステムを立ち上げ、半ば押し付けのように王太子を任命してきた。
賢明なるブランセイウスは、そうした教會の魂膽と私を見抜き切っていたため、もはや『勇者』というシステムに嫌悪しかない。
それでも彼らは、今現在國最大の信仰勢力。
信者もまた國民であるために、それが大挙して一丸となれば王族ですら無視できなくなる。
彼の兄であった先代國王は、程よい愚鈍さのために無視することはできたが、これまでも名宰相として後世までも見通してきたブランセイウスにはできないことだった。
その大聖教會が、近ごろひっきりなしに請願を送ってくる。
當代の大聖イリエリヒルトを王妃に迎えよと。
無論彼を迎えて王位に立つのはブランセイウスということになる。
彼自が勇者であった頃の悪縁が、こんな形で甦ってくるとは。
疑うことを知らぬ若僧だった頃の、己の罪深さまで思い起こされる。
を王に添わせることで、信仰の力だけでなく王の権力までも備え、思うが儘に振舞おうとする卑しい魂膽がけて見える。
多くの人々が自由に暮らしていくべき王國で、他者を踏みにじって私を謳歌せんとする大聖教會を斷固として許すわけにはいかない。
そう思いながらも真っ向から対立する気力を持ちえないブランセイウスだった。
そう、彼の気概はもう何年も前から挫けている。
する人を信じきることのできなかったあの日から、彼は人生の敗北者だった。
敗北者は自を信じることもできず、そのに覇気をまとわせることもできない。
自分が負け犬だと知ってしまったから。
彼が囑されながらも今日まで王位を拒み続けたのは単に謙遜したのではなく、そんな無気力な自分に王者などとても務まらないだろうとわかっていたからだ。
それでも統を理由に避けられない義務は迫る。
王族の義務、神の名をかたる者の私。
それらの板挾みにあって、抗えるだけの気力を持たない彼ができることは……。
◆
ブランセイウス自がうじうじとしていても、狀況はめまぐるしく変わり続ける。
ある時王宮に、多くの群衆が押し寄せてきた。
率いているのはあの大聖イリエリヒルトであった。
ついに來るべき時が來たな……とブランセイウスは苦々しく思った。
「一何用だ? 伺いも立てずに集団でもって王宮に踏みるなど、反ととられても文句は言えんぞ」
みずから城門まで出て招かれざる集団客に対応するブランセイウス。
集団の先頭にイリエリヒルトがいる時點で、相手の正は察しがついた。
大聖教會の信徒たちであろう。
數百……いや數千単位でいながら一糸れぬ白裝束からも確信が深まる。
「國王となられるブランセイウス様に、我ら大聖教會一同が嘆願にまいりました」
わざとらしい厳かさで大聖は言う。
「この世界の安寧のため、神の心を安らげんため、この大聖イリエリヒルトをお妃に迎え、王位につかれますよう」
「その話なら、ありえぬと何度も言っているはずだ」
「神の定めし運命には、誰もが逆らえません」
恭しい口調の大聖に、ブランセイウスは心底うんざりとする。
自分たちのから出る請求を、『神の意志』と謳って正論化させようとするのは大聖教會の常とう手段であった。
しかしそうした手口を知り抜いているブランセイウスが一切引かない態度を示したことにより、さらなる手段に打って出た。
多勢による人の圧。
「ブランセイウス様は、神の意志をなかなか理解して下さらぬのでやむなく、形で見えるように仕向けたのです。信徒五千人……、無論國教たる大聖教會の総信徒數から一握りにすぎませんが、新王となるブランセイウス様に神の意志を遂行していただかんと馳せ參じた次第です」
それはもはや數の暴力。
たとえ実力行使しなくても聲すら発さずとも、四桁以上の人數がその場にいて、睨みを利かせるだけでも充分な圧力となる。
この無言の圧力にたった一人で耐えきれる人間はそうそういない。
ブランセイウスとて本來ならば王者に相応しい才覚の持ち主であれば、數萬単位の大民衆からでもプレッシャーをはね返す膽力を持つ。
しかしするを失い、死んでしまった心にはなかなかに堪える。
早速引け腰となってしまったブランセイウスに、大聖の思は當たったと言えよう。
もう一押しで落ちると決めてかかったようだった。
「國の基本は民……民を軽んじる國家は繁栄しないとブランセイウス様は常々おっしゃっているそうですね。我ら大聖教會の信徒とて、アナタがすべき國民であることは変わりありません」
「それゆえに彼らの意を汲めとでも?」
「仰る通り、國民の大半である大聖教會信徒が讃える大聖……それをすべての國民がすべき王妃に推すのは當然のことでありましょう。不肖ながらわたくしめも、王となられるブランセイウス様を支えるために全全霊を盡くす所存です」
何を白々しい、とブランセイウスは思った。
ヤツが王妃の位をむのは、けっして使命などではない。
これからも世の様々なことを大聖教會の思うままにしたいという自分勝手なみのため、王権をしているからに他ならない。
ブランセイウスも頭ではわかっている。
世の中には権力を持たせてはいけない人間という者がいて、あのイリエリヒルトなどはその筆頭に挙がるだということを。
せっかく先代國王の教會嫌いを利用し、様々な手を打って教會の権益を削いできたというのに……。
失敗から得た教訓の一つは、大聖教會は信頼に値しない組織だということ。
正義、神……。
いかにも耳障りのいい言葉で飾り立てられながら、彼らのすることは悪辣な侵略行為以外の何でもない。
自分たち以外の神を奉じるという何でもない理由で、平和に暮らす人々を襲い、躙し、大切なものを數々奪い去っていって奴隷化する。
そんなのもよだつ悪行にかつて自分も加擔していると思うだけでブランセイウスは、『賢人』などという世間からの評価に値しない愚人だと自分自に失する。
彼が宰相の座についてしてきたことはすべて、あの若き愚かな日々への罪滅ぼしであった。
しかし今、ここでイリエリヒルトを王妃に迎え、大聖教會の復権を許してしまえばすべての償いは無意味と化し、それ以上の大罪がのしかかってくることであろう。
絶対に拒否しなければ。
拒否しなければならないと頭ではわかっているのに、萎えた気力がついてこれない。
思考と意。
それらが合わさらなければ人は行を起こせないと我がことで思い知るブランセイウスだった。
「反論はありませんか? でしたら今すぐに婚姻の誓いを」
口答えせぬのをいいことに、サクサク進めていこうとする大悪もとい大聖。
「ご心配なく、この場ですぐさま婚姻の儀式を執り行えるように司祭を同伴させております。結婚の誓約書も用意しておりますれば、立ち合いの下サインいただくだけでわたくしたちは正式な夫婦ですわ」
あまりにも用意がいい。
婚姻が宗教の領域だといっても、彼らがなんとしても王妃の座……権力を眼になって求めているのがわかる。
拒否しなければ……。
斷固としてはねつけなければと思う裏腹、どうしても心が気丈さを伴えない。
既に選択を誤った自分は、また過ちを繰り返してしまうのではないか。
そう思うとがこわばり聲さえ出なくなってしまう。
間違いの元兇ともいえる大聖教會を目の前にしてしまうといつもそうだった。
宰相であった頃はやたらに向こう見ずな兄王を矢面に立たせ、自分はでくことができた。
しかし自分自が王となるやそうはいかない。
人生の負け犬である自分は結局、想いを最後まで遂げることはできないのか。
邪悪どもの思い通りになるしかないのか。
自分自のけなさをまざまざ噛みしめる、その瞬間。
転機は外から訪れた。
「ちょっと待った!!」
その聲は。
ブランセイウスの耳にたしかに聞き覚えのある聲が屆く。
若く、さすらまだ殘る聲音だが、その芯にしっかりとした強さを持つその聲の主は……。
「エピクくん……!?」
若くしてS級冒険者の稱號を得た、才覚かな年。
ブランセイウスは、このエピクとまだ數回程度しか會ったことがないが、それでもまるで昔から知っていたような慣れ親しみをじる。
不思議な存在であった。
突然の者に、骨な不快を示すイリエリヒルト。
「なんです? ブランセイウス様はわたくしたちと大事な話の最中です。部外者は引っ込んでいなさい」
「部外者はアナタたちの方だ。僕はブランセイウス様から引きけた大事なクエストの報告に來た。それが済むまで誰にも邪魔はさせない」
しかしエピクも負けないたじろがない。
ブランセイウスがいつか失ってしまった心の溌剌さを、この若者はまだ持っている。
「クエスト? 一何の?」
「ブランセイウス様、アナタから承ったクエスト……アナタが昔想い合った人を見つけ出し連れてくること、見事達しました。その確認をお願いします」
「な……ッ!?」
大聖が驚きの聲を上げるが、それ以上にブランセイウスが驚いた。
驚きのあまり聲すら出なかったほど。
あの時に最悪の形で離別し、二度と會えぬと思っていた彼に、また會えるというのか。
あの日からずっと乞い願っていたことが今、実現する……。
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