《ひねくれ領主の幸福譚 格が悪くても辺境開拓できますうぅ!【書籍化】》第440話 殺意と無自覚
ユーシーとその護衛部隊は、農村付近の小さな森のに隠れて戦闘の様子を見ていた。
「何でよ! 何でこの東部にアールクヴィスト大公國のゴーレム部隊がいるのよ!」
「俺に言われても分からん! 大公國はロードベルク王國の北西部にあるから、敵の西部軍に合流するだろうと司令部から聞いていただけだ!」
ユーシーが摑みかかるようにして問いかけると、護衛部隊の隊長は怒鳴るように返す。
今日の朝、東部防衛部隊の本隊に先行して移を開始したユーシーたちは、再び敵の偵察部隊を発見。それを追っていけば敵の東部における本隊を発見できると考え、ココに追跡させた。
敵の偵察部隊はココの追跡をまくためか、途中の農村に侵。後を追ったココを、待ち構えていたらしい敵部隊が迎え撃った。
そこまではいい。ココならば農村に潛んでいた敵部隊ひとつを壊滅させる程度は造作もない。そのはずだった。
しかし、敵はユーシーのするココに火を放ち、さらにそこへゴーレムの群れが襲いかかった。個々の戦闘力が高い上に數の多いゴーレム部隊は、小回りが利かない地竜のココと相が悪い。だからこそゴーレム部隊のいない東部に配置されたはずなのに、これでは話が違う。
「ああ、ココがやられちゃう! 殺されちゃう! ねえ、何とかしてよ!」
「……無理だ。俺たちはあくまでお前の護衛だ。地竜でも苦戦するゴーレム部隊を相手にできることはない」
「そんな! じゃ、じゃあ後方の本隊を呼んで! 早く!」
「ゴーレム部隊に太刀打ちできる弩砲部隊は足が遅いし、そもそも対ゴーレム戦を想定している部隊は西部防衛部隊にいるんだ。とても対応は間に合わない……悪いが、ココは諦めろ」
隊長は苦蟲を噛み潰したような表でユーシーに言った。
敵の東部軍本隊を襲う前に地竜という大きな戦力を失うのは惜しいが、救えないものは仕方がない。地竜より貴重なユーシーを守る方が優先事項。ユーシーの魔力であれば、この現地で適當な魔を何匹も従え、戦線に復帰することもできる。
「嫌っ! 嫌よ! ココは私の家族なの! 見捨てるなんて――」
「俺たちは軍務中だぞ! 聞き分けろ!」
隊長は思わずユーシーを引っ叩いた。その衝撃でユーシーは転び、一瞬呆然とした表になると、めそめそと泣き出す。
「ちっ、これだから奴隷上がりのガキは……一旦退くぞ。本隊に合流して、敵のゴーレム部隊がここにいることを伝えなければ」
隊長の指示に従って、騎士たちは馬を引き寄せ、騎乗する。座り込んで泣いているユーシーを二人がかりで立たせて、尚も嫌がる彼を直衛擔當の騎士の後ろに無理やり乗せる。
隊長も自の馬に騎乗し、移を開始しようとしたそのとき――騎士の一人が突然、もんどりうって落馬した。地面にたたきつけられた騎士の背中には、槍が突き刺さっていた。
「っ!? 敵襲――」
隊長がぶのと同時に、森の中から矢や槍が降り注いだ。隊長の馬に矢が突き立ち、馬は前足を跳ね上げていななく。転がり落ちた隊長は即座に立ち上がって剣を抜くが、周囲を見ると森の中からいつの間にか接近してきた敵兵に包囲されていた。
敵は數十人。地上はもちろん、樹上からも矢や槍が向けられている。対するこちらの戦力は、最初の攻撃で三人殺されて殘りは七人。ユーシーを守り抜きながらこの場を切り抜けるのはほぼ不可能だ。
「くんじゃねえ。そうすりゃあこれ以上攻撃はしねえ……そこのが、あの地竜を飼ってる使役魔法使いだな?」
進み出てきた部隊長らしき男が、なまりの強い口調で言った。
・・・・・
ユーシーとその護衛部隊は、ノルドハイム士爵と呼ばれる貴族の部隊によって捕縛された。彼と部下たちの會話を聞くに、この貴族はロードベルク王國貴族ではなく、アールクヴィスト大公國の貴族らしかった。
ユーシーと、護衛部隊のうち生き殘った隊長たち七人は、ココと大公國軍の戦闘がくり広げられた農村へと連行される。小柄なのユーシーは拘束まではされていないが、騎士たちは後ろ手に縄で縛られている。
激しい戦闘によってほとんど壊滅狀態となった村の中には、ひどく損壊したココの亡骸があった。
「あぁ……ココ……そんな……」
鱗が焼け、腳を折られ、竜種の常として死後間もない今の時點で腐敗臭を漂わせ、から魔石を取り出されたココ。その変わり果てた姿を見て、ユーシーは目に涙を浮かべる。
父という唯一の家族を失ったユーシーの、新たな家族となったココ。大きくて強くて、ユーシーをいつも守ってくれる、いつも傍にいてくれる、弟のような存在だった彼は死んでしまった。
父と同じく、ココを奪ったのもやはりアールクヴィスト大公國軍だった。
ココの亡骸の脇を通って、ユーシーたちは村で最も大きな二階立ての家屋――それも半壊しているが――の脇に連れていかれ、馬から降ろされる。
「ラドレー、ご苦労だったな」
「へい」
ユーシーたちを連行したノルドハイム士爵にそう聲をかけたのは、頭を剃り上げた大柄な男だった。口調から察するに、ノルドハイム士爵よりもさらに立場が上らしかった。
「さて……俺はアールクヴィスト大公國貴族、ユーリ・グラナート準男爵だ。お前たちを捕虜として後送する前に、いくつか質問がある」
グラナート準男爵と名乗った男は、暴ではないが圧のある態度でユーシーたちを見下ろす。
「まず、そこのがあの地竜をっていた使役魔法使いで間違いないな?」
「……そうだ」
答えたのはユーシーではなく、護衛部隊の隊長だった。なりなどを見ればユーシーが魔法使いであるのは明らかなので、ここは否定しても意味はない。
「分かった。一応、後で聖職者によってそのの魔法の才は確認させてもらうが……次の話だ。お前、名前は何という?」
「……ユーシー」
ユーシーはグラナート準男爵と目を合わせずに答えた。
「そうか。ユーシー、お前に質問だ。給金などの待遇によっては、ロードベルク王家に雇われる意思はあるか? 地竜をる使役魔法使いの報をロードベルク王家に伝えたところ、相當の高待遇をもって雇ってもいいという話が來ている。もちろん最初は監視や、魔法による意識作や行制限を伴うだろうが……」
貴族や兵士と違い、魔法使いは特殊技能を持った便利な人材として、半ば道として見られることも多い。魔法使いの中にも自分の立場をそのように割り切っている者は多く、必ずしも雇い主に雇用関係以上の忠誠を持っているわけではない。
戦いで敗北した側に雇われていた魔法使いが、高待遇をもって勝者の側に迎えられるというのは、珍しい話ではない。
「……」
しかし、ユーシーはグラナート準男爵に応えなかった。父も、ココも、この地で死んだ。アールクヴィスト大公國に殺された。大公國の宗主國であるロードベルク王國に雇われたいわけがなかった。
「拒否か、仕方がない。それではお前も他の者と同じく、ひとまず捕虜とする。今日中に本隊へと後送し、その後は――」
「ユーリ。彼が例の地竜をっていた使役魔法使いかな?」
そこへ現れたのは、小柄な年のような男だった。口調からしてグラナート準男爵よりさらに上、なりからして相當な分の人だと分かった。
「アールクヴィスト大公閣下。仰る通り、このがそうです。ロードベルク王國へ下る意思があるか尋ねましたが、今のところは意思がないものと思われます」
グラナート準男爵が男をそう呼んだのを聞いて、ユーシーは目を見開く。
アールクヴィスト大公。年齢以上に若々しい人だという噂は聞いていたが、見た目の上ではユーシーとあまり変わらないようにさえ見える。背も低く、華奢で、はっきり言って弱そうだ。
しかし、この男は悪魔だ。何萬というベトゥミア共和國軍兵士を毒によって今もなお苦しめる、そんな策を考えた、悪魔のような発想を持った人間だ。
そして、この男がユーシーの父を殺した。それどころか今日、ココまで奪った。
「あはは、まあ仕方ない。彼を強く勧するか捕虜としてベトゥミアに返すかは、オスカー陛下が決めることだ。僕たちはなるべく早く――」
「お前が!」
呑気に笑顔を見せていたアールクヴィスト大公に向かって、ユーシーはんだ。
「お前が! お前のせいで! お前のせいでええぇっ!」
そして、目についた石を咄嗟に握り、アールクヴィスト大公へと毆りかかる。
「死ねえええ――」
しかし、ユーシーの握った石がアールクヴィスト大公の頭を打つことはなかった。彼に屆くはるか手前で、彼の傍らに立っていた兎人のが素早く飛びかかってきて、長くしなやかな足でユーシーを蹴り飛ばした。
「がはっ!」
金屬製の戦闘靴の、脛の前側で腹を蹴られて、ユーシーは咳き込みながら後ろに吹き飛ばされる。地面に転がり、蹴られた衝撃に息が止まる。
「んがああああっ!」
それでも石は離さず、ユーシーは腕を振りかぶってアールクヴィスト大公を睨む。驚いた表のアールクヴィスト大公と、それを睨むユーシーの間に割ってるように、細く鋭い目をした護衛の男が立ちはだかって剣を抜く。
そして、剣を真っすぐユーシーに向けて構え、迫る。
「あ――」
やられる。
そう思ったユーシーを庇うように飛び出したのは、護衛部隊の隊長だった。
アールクヴィスト大公の護衛の男がくり出した、黒い剣先が隊長のを貫き、そのままユーシーのの真ん中まで到達する。隊長とユーシーは、二人並んで刺し貫かれた。
痛みはさほどでもなく、それよりも焼かれたような熱さに、ユーシーは襲われる。
「……なんで」
ユーシーは思わず呟いた。いきなり敵將を殺しにかかった自分が殺されるのは、今冷靜になって考えれば、まあ仕方ない。しかし、隊長はかなければ死なずに済んだはずだ。腕を縛られた彼がをしてユーシーを庇ったところで、さして意味はなかっただろうに。
「……これが俺の仕事だ」
隊長はそう答え、そしてその呼吸が止まった。
仕事。それだけの理由で、彼は自分を守ろうとしてくれたのか。わがまま放題だった自分を好きであるはずがなかったのに、自分と一緒に死んでくれたのか。
そう思いながら、ユーシーの意識は途切れた。
「くな! お前ら全員くな!」
「ま、待ってくれ! 俺たちは抵抗しない!」
「何もしてない! 殺さないでくれ!」
ユーリやラドレー、大公國軍兵士たちが警戒心を強める中で、殘る捕虜たちは必死に無抵抗を訴えながら毆り倒される。
それを呆気に取られて眺めるノエインを、マチルダとペンス、親衛隊兵士たちが囲む。
思わぬ騒が収まるまでには、三十秒ほどを要した。殘る捕虜たちには抵抗の意思がないらしいと分かって彼らは連行されていき、ノエインに襲いかかった使役魔法使いと彼を庇った騎士の死亡がしっかりと確認される。
それをけて、マチルダとペンス、親衛隊もようやく警戒を解く。
「ノエイン様、お怪我は?」
「僕は何ともないよ、ありがとう」
マチルダに確認されながら、ノエインはそう言った。
「……すいません。咄嗟に殺してしまいました。地竜をるような魔法使いが、他にどんな隠し手を持ってるか分からなかったもので」
「いや、あれは仕方ないよ。誰が見てもいきなり襲いかかってきたこの子が悪い。オスカー陛下も、こんなわけの分からない子を雇おうとは思わないだろうし」
二人のから剣を引き抜いたペンスに、ノエインは答える。降伏した後に敵將に襲いかかるなど言語道斷。將の護衛ならば相手を殺すのは當然の行だ。
「……それにしても、一何だったんだ」
ノエインは理解しかねた表で、使役魔法使いのを見下ろす。ノエイン自は彼に話しかけてもいない。いきなり怒り狂って襲いかかられる意味が分からない。
「一応拘束しておくべきでした。我々の落ち度です。申し訳ございません」
頭を下げるユーリに、ノエインは気にするなと手を振った。
「いや、彼がこちらに寢返る可能もあった以上、あまり手荒に扱うことはできなかったからね。それは問題ない……というか、石を拾っていきなり襲ってくるなんて、誰にも予想できないでしょう」
苦笑しながら、ノエインはから目を逸らす。戦場では奇妙なことがままあるもの。妙な行をとる人間も偶にいる。考えても仕方がない。
「さあ、地竜狩りは終わった。本隊に合流しよう」
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